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【1】-5:話題の指輪

 奈央子の今日の目的は、ビル内にある書店に立ち寄ることだった。目当ての文庫本を購入した後はすぐ帰るつもりだったのだが、何とはなしにビル内の他の店をぶらぶらと散策していた。まだ5時前だったし、明日の試験は2科目あるがどちらも午後で、複雑な出題方式ではないと担当講師が明言してもいたから、ほんの少しだけど余裕も感じていた。
 ビル1階にあるブランドショップ前を通りかかった時、脇のエスカレーターを下ってきた人物に目が留まる。すぐに柊だと分かった。少し離れたところにシネマコンプレックスの入った商業施設があるので、デート先はそこだったのだろうと想像がつく。
 柊もこちらに気づき、手を振って近づいてくる。
 ——近くに里佳の姿は見当たらない。
 昼間のことが頭に浮かび、一瞬気まずい思いがよぎったが、里佳がいないのだから気にすることもないかと思い直した。……どうせ柊はわかっていないだろうし。
 「映画、終わったの?」
 「ああ、シネコン出て茶店寄って、駅に望月を送ってきたとこ。おまえは?」
 「わたしは本屋に用事があって……今日発売の新刊があったから。これからバイト行くの?」
 「そ、5時半から」
 柊のバイト先はこの駅ビル地下の居酒屋である。見たところ、日曜以外はほぼ毎日シフトを入れているようだった。ちなみに奈央子は、大学生協の売場で入学時から、講義の空き時間などに働いている。
 「どうでもいいけど、いつも楽しそうね」
 「まあな、結構性に合ってるって感じで……あ、っと思い出した。この店なんだけど」
 言いながら、柊はすぐ横のブランド店を指し示す仕草をする。
 「ここがどうかした?」
 「女子の間で流行ってるとかいうだろ?」
 確かにそうだ。今年春に放送されたあるドラマの中で、主人公が恋人の女性に贈る指輪として、この店の商品が使われていた。主人公が現在一番人気の若手俳優だったので、放送直後から「彼氏に贈られたいプレゼント」として注目され、3ヶ月近く過ぎても人気を集めている。
 実際、今も店の中には、カップルらしい何組かの客の姿が見える。
 「おれはそのドラマ観てないし、よくわからないんだけど……評判になった指輪ってどれ?」
 「えーと……あ、ここに札が貼ってあるやつ」
 ウインドウを見回して奈央子が指差したのは、どちらかと言えばシンプルなプラチナリングだった。
 10数万円の値札と並べて、「現在予約受付中」の札が置かれていた。やはり人気商品らしい。
 社会人ならまだしも学生だと、ドラマで使われたリングそのものは少々高額なため、4・5万ぐらいまでの商品が売れている——と、しばらく前の情報番組で特集していた覚えがある。



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