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【2】-6:バランス

 もう一度「なに?」と尋ねると、柊は視線をやや下方へと移した。
 「……それ、何なんだ?」
 指差された先、自分の手元を見ると、持ち帰ってきたスーパーの袋。勢い半分、なんとなくの予感半分で、自転車に積んできたのだった。
 指摘されて少々恥ずかしくなり、
 「買い物して帰ってきたところだったの。勢いで持ってきちゃったのよ……それより、ノートは?」
 「あー、それがなあ、探してるんだけど見つからなくて」
 「ええ? 何やってんのよもう」
 スーパーの袋を台所スペースにひとまず置き、奥の部屋へ入る。ラックを調べると、テキスト類がまとめて入れられた段に、目的のノートは横向きにつっこまれていた。
 「あるじゃない。どこ探してたのよ」
 「あれ、おかしいな……」
 などと呟いている柊は放っておいて、ノートに何ページ目までの訳が書かれているのか、急ぎ確認する。
 「37ページまでね、じゃ38ページからの分コピーしてくるから——」
 片膝をついた姿勢から立ち上がりつつ、振り向きかけた時、カバンのひもが肩からすべり落ち、肘の内側に引っかかった。急に移動した重みに反射神経がついていかず、奈央子は態勢のバランスを崩した。

 「きゃ!?」
 カバンに腕を引っぱられた拍子で、奈央子が突然ふらついて斜めに倒れかけた。
 それが目の前だったものだから、反射的に前へ出て腕を伸ばす。
 ……受け止める直前、甘い匂いが鼻をかすめた。
 「ご、ごめん。バランス崩しちゃって——」
 奈央子が何か言っていたが、柊は半分も聞いていなかった。ただ一つの感情で頭がいっぱいだった。
 ほとんど無意識に、奈央子の腕に添えた手に力をこめた時。
 「——柊?」
 戸惑うような呼びかけ。途端に、今の状況を把握するだけの冷静さが戻ってきた。抱きつく格好になっていた奈央子からさっと体を離す。
 「あ——大丈夫か?」
 「……うん、別に何ともない」
 そう言って目をそらした奈央子の顔が、心なしか赤いように見えた。なにやら怒っているようにも見えるから、そのせいかも知れない。
 自分の視線が、幼なじみの長い髪から胸元へと動くのに気づいて、慌てて顔をそむけた。



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