« 【3】-7:素直すぎる | トップページ | 【3】-9:会わず話さず »

【3】-8:泣きたくなんかない

 無言で聞くうち、訝しげに眉を寄せていた柊が、話の区切りを見つけたように口を挟んだ。
 「望月となんかあったのか?」
 不意をつかれて一瞬言葉に詰まった。表情に出てないことを願いながら、奈央子は否定する。
 「——別に。わたしがそう思ったから言っただけ。第三者にそう見えるんだから、真面目に考えてみるべきだと思うわよ。それじゃ、そろそろ生協のバイトの時間だから」
 言いながら立ち上がり、代金をテーブルの伝票の上に置く。間を置かずにカバンを取り上げ、席から離れた。
 「……ちょ、待てよ奈央子」
 呼び止める柊の声も無視し、早足で店の出入口を通り抜ける。
 そのままバイト先へ向かうつもりだったが、途中で方向転換して、手近にあった化粧室に入った。幸い、先客は一人もいなかった。
 一番奥まで足を進め、衝動的に、洗面台に手をつく。喉元までこみあげてくる熱いものがあったが、我慢した。
 こんなことで泣きたくなんかない。
 だって泣く理由なんかないんだから——2年前に決まっていたことを再認識した、それだけのことなのだから。なのに。
 いくら歯を食いしばっても、胸から湧き上がる感情はおさまってくれない。涙が勝手に出そうになるのを、まばたきの繰り返しで懸命に抑える。
 早くバイトに行かなきゃいけない……あとしばらくだけ、誰も入ってきませんように。
 その2つだけを、奈央子はひたすら考えた。

 「……むら、おい羽村」
 「あ?」
 ささやくような呼びかけが耳元で聞こえ、驚いて柊は声がした方を向いた。
 隣に座る木下の、呆れたような顔。席の近い周囲の学生も、ちらちらと視線を向けてきている。柊の反応した声は意外に大きかったらしい。
 そこで、今の状況を思い出した。ここは学生会館内にある会議室のひとつ。昼休みの間ミーティングのために借りて、大学祭での出店に関する決定事項をサークルの全員に通達中なのであった。
 「あ、じゃないっての。さっきの話聞いてたか?」
 「さっき……って、どの?」
 「やっぱりな。期間中の店番シフトの話だよ。俺とおまえと、2年の永井さん中心で2日目午後の担当だって。あ、それと望月さんも」
 名前を聞くと同時に、柊は里佳の方を見た。
 黒板のある側に向かって、長机が横向きに10数列並んでいる会議室。里佳は友人の女子学生数人と一緒に、柊の3列ほど前に座っている。
 後ろから見ている限り、出店企画の責任者の話に耳を傾けながら、両隣の友人と時折しゃべっては、楽しげに肩を揺らしている。柊と会った時の様子もこれといって変わりはない。
 変わったというなら、それは奈央子だった。



 ←前ページ  目次に戻る  次ページ→


|

« 【3】-7:素直すぎる | トップページ | 【3】-9:会わず話さず »

小説 -『ココロの距離』」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 【3】-7:素直すぎる | トップページ | 【3】-9:会わず話さず »