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【3】-13:適当な距離

 「そういえば、昨日何時に帰ったの? 1時前ぐらいまで何回か電話したけど出なか——」
 「望月、今日は2限からだよな」
 「え、そうだけど……どうしたのいきなり、そんな真剣な顔して」
 「聞きたいことがあるんだ、入れよ。——いい、演習はサボるから」

 「えっと、沢辺さん?」
 3時限目。ドイツ語Bの講義が終わり、席を立とうとした時、横から声をかけられた。
 振り向くと、一人の男子学生。同じ語学のクラス生で、確か柊と同じく日本史学科だ。彼らが親しく話す様子は何度も見かけたことがあるが、奈央子自身とは特に交流はなかった。……なんだか焦っているふうに見える。
 「はい?」
 「あの、羽村の家って知ってる? ……よかった、じゃあこれを渡しておいてほしいんだけど、いいかな」
 そう言って渡されたのは、クリップで数部に分けられたコピー用紙の束だった。
 「今日の演習でレポートの打ち合わせするはずだったのに来なくて……そう、1限の。この時間には来るかと思ったけどいないし、急ぐのにどうしようかと思って。僕はまだ5限まで講義があるし」
 奈央子は少し迷った。だが彼がひどく困った様子だったし、空き時間と休講で時間もあり、かつ特に予定はなかったので、引き受けることにした。
 「いいですよ、わたしはこの後空いてるんで」
 「ほんとに? ありがとう、助かる」
 「このまま渡せばわかります?」
 コピーした資料の簡単な説明などをした後、それじゃ悪いけどよろしく、と言って学生は走り去っていった。
 引き受けはしたものの、最近のことを考えると、やはり気が重い。
 ——柊から離れていこうと決めたはいいが、いざそうしようとすると、適当な距離の取り方がわからなかった。
 とにかく、今度こそ気持ちをあきらめる方向へ切り替えていくためには、相手と関わる時間を減らさなければならないと思った。学生番号で決まる語学の講義は一緒にならざるを得ないが、それ以外は、学科もサークルも違うのだから、こちらが気をつけていればさほど難しくはないだろうと考えた。
 しかし、実際はそれほど単純ではなかった。
 会わないでいようと意識するせいなのか、逆に今までよりも、予想外のところで見かけたり出くわしたりしている気がした。そのたびに、向こうには気づかれないうちに避けているつもりだが、1・2度は先に声をかけられて、慌ててその場を離れるようなことをしていた。さすがに自分でも不自然に感じるのだから、柊はどう思っただろう。



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