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【3】-15:ほんとに好きな人

 自分のマンションから自転車で行ったことの方が多いので、駅から歩いたのは、この半年で2・3度ぐらいである。少しばかり道順に不安があったが、歩いてみたら意外とスムーズに思い出して、白壁に青い屋根の建物が見えた時にはほっとした。
 奈央子は2階へ上がり、3つ目の部屋のインターホンを押す。……応答がない。
 もう一度押しても同じだった。ひょっとして中にいないのだろうか、と思いつつドアノブを回してみると——驚いたことに、鍵が開いていた。
 きぃ、と小さな音とともに、ドアが開く。
 そっと中をうかがうと、明かりはついているようだが、人がいるかどうかはわからない。そのくらい静かだった。

 インターホンの音に、柊は唐突に意識を呼び戻される。今の状況を思い出すまでにいくらか時間がかかった。
 (……そうだ、確か朝早くに望月が来て……)
 奈央子とのことを聞くために、家に入れたのだった。最初はごく普通に、何を話したのかと尋ねていたのだが、里佳は言葉をにごすばかりで詳しく言おうとしなかった。何度も同じ質問を繰り返すと、いきなり里佳がうんざりした口調で「そんなことどうでもいいじゃない」と口走った。そう言った直後に顔色を変えたので、彼女にとっても失言だったのだろう。しかしその時はそう考える余裕などなく、自分でも驚くぐらいに頭に血がのぼった。
 それから先は、穏やかに話をするどころではなかった。こちらは怒って責めるような口調になるし、そうなればなるほど里佳の方は逆上する。そのうち「今まで黙ってたけど——」といったことを片端から挙げ始めた。いまだに名前で呼んでくれない、何かに誘うのもいつも自分から——あまりに多かったので全部の内容はいちいち覚えていないが。
 だが、最後に言われたことだけは、はっきり覚えている。
 『わかってたわよ、羽村くんが私のこと、本当は好きじゃないって』
 半分以上泣き顔で、里佳は言った。
 『ほんとに好きな人は別にいるって、とっくに知ってた——そうよ、あんな人が近くにいて、好きにならないわけない』
 そう言われてもなお、柊には何のことだかわからなかった。里佳が泣くのをこらえながら部屋を出ていった後もまだ、その意味を考えていた。
 (ほんとに好きな人は別に——)
 自分の近くにいる他の女といえば、幼なじみしか思い浮かばない。
 里佳が言っていたのはそれなのか。だが。
 (おれが奈央子を?)
 好きかどうかと聞かれれば、当然嫌いではない。
 生まれた時からの縁があるし、昔からいろんなことを相談して助けてもらってきた。一番長い付き合いの女友達、かつ姉妹みたいな幼なじみとして、大事に思っている。



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