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【4】-4:「代わりにされるのなんて」

 また逃げようとする前にと、柊は今のうちに話をすることにした。早口で話し始める。
 「悪い、驚かせて。そのままでいいから話を聞いてほしい——昨日はごめん、どうかしてた」
 その言葉を聞いて、奈央子は視線をこちらに戻した。柊の顔を見上げる。
 目を合わせても今度はそらさなかった。勢いづいて、柊は言葉を続ける。
 「おまえが怒ってもしかたないし、許してもらえなくて当たり前だと思ってる。けど、説明だけはちゃんとしておきたくて——」
 その時、奈央子が呟くように何かを言った。だが小さすぎてよく聞こえなかった。
 「え?」
 「……もういい、って言ったの。はずみでしたことだから、なかったことにしてほしいって言うんでしょう。心配しなくても、わたしは忘れるつもりだから」
 言われた意味がつかめず、柊は戸惑った。その隙に奈央子は、マンションに入るため柊をよけて歩き出した。
 反応がわずかに遅れ、うろたえる。引き止めるため、柊は後ろから奈央子の右腕をつかんだ。が、ものすごい速さで振り払われる。
 その勢いと、手の痛みに呆然としていると、奈央子が振り返ってこちらを睨んだ。思わず後ずさってしまいそうな、激しい感情に満ちた目だった。
 「あんたが望月さんと仲良くしようがケンカしようが、それは自由よ。けど、わたしを巻き添えにするのはやめて。まして——」
 と一度言葉を切り、
 「望月さんの代わりにされるのなんて、まっぴらなんだから」
 吐き捨てるように言うと、今度こそ背を向けて、奈央子はエントランスへ入っていった。
 柊は、それをただ見送るだけだった。今言われたことが衝撃的で、他には何もできなかった。
 『代わりにされるのなんて——』
 違う、と言おうとした時には、もう遅かった。

 その夜も、奈央子はなかなか寝つけずにいた。
 昨日ほとんど眠っていないので、時々うとうととはするのだが、まとまった熟睡ができない。10分と経たないうちに意識が浮かび上がってしまう。
 ……何度も何度も、昨日と今日のことを思い返して、そのたびに胸が苦しい。いっそ呼吸が止まってしまえば楽になれるのに、と思うぐらいだった。
 今まで、いわゆる「男女交際」をした経験は奈央子にはない。申し込みは中学時代から絶え間なかったのだが、最終的には全部断ってきた。どの相手にも、柊に対するのと同じ、あるいはそれ以上の気持ちを持てそうにないと思ったからだ。
 だから当然、キスをしたこともなかった。
 するなら好きな人が相手でないと、とずっと思っていて、形だけなら昨日は確かにそうだった。
 けれど状況を考えたら、とても喜べるものではなかった。それどころか屈辱さえ感じた。




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