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【4】-5:決心

 柊が正しい意味で、自分にキスするはずがないからだ。柊の恋人は里佳であり、奈央子ではないのだから。
 昨日、学内で見かけた里佳は、とても落ち込んでいるふうに見えた。柊の態度の不審さと考え合わせて、おそらくかなり大きなケンカをしたのだろうと奈央子は思っていた。
 その理由まではわからないし、正直どうでもよかった。問題は、ケンカでむしゃくしゃしていただろう気持ちを、柊がこちらにぶつけてきたことだ——よりによってあんな行動で。
 どうしたって、里佳の代わりにされたとしか思えなかった。……幼なじみとしてしか見てもらえないよりも、もっとひどい。
 それぐらいならいっそ嫌われるか、もしくは自分から嫌いになる方がましだ。しかし、前者はさておき、後者の方法は難しいとわかっていた。
 あんなことがあってもまだ、好きだと思う気持ちが消せないでいるからだ。嫌になるほど頑固に、心の奥深くに居座り続けている。
 だからこそ、昨日のことがこんなにも悔しくて、屈辱的で、そして悲しかった。
 ——もう、本当にやめてしまいたい。
 柊への気持ちを、跡形もないほどになくしてしまいたかった。彩乃の言い方を借りるなら、「不毛で前向きじゃない」思いはもう金輪際したくないと、これまでで一番強く思った。
 ……ふと目を開けた時、外で雀の鳴く声が聞こえた。目覚ましを見ると、まだ5時半過ぎだ。
 今日は木曜だから、1時限目に語学がある。電車の乗り継ぎなどに余裕を加えて、7時40分ぐらいに出れば充分間に合うはず……
 習慣でそこまで考えた時、別のことが頭に浮かんだ——しばらく布団の中で迷っていたが、崖から飛び降りるような覚悟で決心する。
 奈央子は起き上がり、出かける準備を始めた。

 「————えぇ!?」
 そう言ったきり彩乃は、ぽかんと口を開けたままで奈央子を見ていた。すでに数人から同じ反応をされているのだが、やはり慣れない。奈央子自身、まだ落ち着かないせいもあるが。
 4時限目、英文法Ⅱ講義の始まる少し前である。
 「なんかおかしい?」
 決まり文句になりつつあるなと思いながら、今日何度目かの同じ台詞で尋ねつつ、髪に手をやる。
 背中の半ばを越す長さだったのが、今は肩にも届かない程度のセミロングになっていた。
 通学路線で、朝早くからやっている美容院を探して、1時限目の前に寄ってきたのだ。長年伸ばしてきて、自分でも少し自慢の髪だった。実際、切る直前まで迷いは残っていたし、美容師にも「キレイな髪なのに切っちゃっていいの?」と聞かれた。
 けれど、気持ちを切り替えるためにはこのぐらいのことをしないと駄目だと思った。だから「はい、肩のあたりで揃えちゃってください」と言った。




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