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【4】-6:事実は変わらない

 髪が短くなっていくのを見ているのは寂しかったが、前向きになるためなのだからと、終わるまで呪文のように心の中で繰り返した。
 30センチ以上切ったので、ずいぶん軽くなった感じがする。髪の先が動くたびに首や肩に触れるのが、どうも落ち着かない。長かった間はたいていまとめるか束ねるかしていて、たまに下ろしていた時でも、髪先の感覚はいつも背中だったからだ。
 ようやく驚愕から覚めたらしく、彩乃が言った。
 「い、いや、おかしくないよ。似合ってるけど……なんで切っちゃったの、もったいない」
 それも、今日会った顔見知りにさんざん言われたことだ。用意していた台詞を奈央子は口にする。
 「まあ、気分転換。ずっと長かったからちょっと飽きてきたし」
 ——もっとも、他の人はともかく、彩乃がそれで納得してくれるとは思わなかったが。案の定、奈央子の言葉にすぐに相槌は打たず、物問いたげな目でじっとこちらを見つめる。
 奈央子は苦笑いでそれに応じた。と、彩乃の目つきが気遣わしげなものに変わり、小声でこう尋ねてきた。
 「羽村は知ってるの?」
 「うん、1限に語学あったから」
 始業チャイムが鳴る直前、教室へ駆け込んでくる数人の学生に柊が混じっていた。ばたばたと空席が埋まっていく中、奈央子の席の脇を通りがかった学生が、唐突に足を止めた。反射的に顔を上げると、柊だった。
 信じられないものを見たように、驚きと困惑、その他いろいろな感情を目と顔に浮かべ、奈央子を見下ろしていた。奈央子はできるだけ無表情を保ち、しばし柊を見つめた後、視線を机に戻した。
 その時、担当の講師が入ってきたので、柊もはっと我に返り、空いている席についた。奈央子の席からだいぶ離れた位置だったので、内心ほっとした。
 その時のことと、ついでに昨日の夜のことをざっと話すと、彩乃は考えこむように目を伏せた。
 少しの沈黙ののち、再びこちらに視線を向ける。
 「それじゃ、向こうの話は全部聞かなかったわけ」
 「確かにまだ続きそうだったけど、でも聞く必要ないでしょ。言いたいことはわかってるわけだし」
 「……でもそれって、奈央子が考えたことだよね。羽村の言い分が全部それと同じとは限らないんじゃないかな」
 意外なことを言われて、やや言葉に詰まった。確かに、柊が言おうとしたことを最後まで聞いたわけじゃない——けれど。
 「でも、大筋はたぶん一緒だよ……多少の内容の違いがあったって、事実は変わらないもの」
 そう、事実は同じだ。あの時「どうかしてた」柊が、たまたま横にいた奈央子に、苛立ちをあんな形でぶつけてきたということは。
 なにをどう言おうと変わりはしない。
 あの時、親切心なんか起こさなければよかったとさえ、今の奈央子は思っていた。




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