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【4】-7:その週の土曜日

 その週の土曜日。
 柊は朝の10時過ぎにアパートの部屋を出て、駅へと向かった。大学祭まであと一週間となった今日、サークルの店で売る焼きそば・たこ焼きを作る練習をするため、有志が集まる段取りになっていた。
 大学近くで一人暮らしをしている、2年生の部屋が会合場所だが、集合は午後1時の予定だ。
 その前に、柊には人と会う約束があった。奈央子ではない。当然、里佳でもない。今日は外せない予定があるらしく、会合にも来ないはずだった。
 奈央子の友人の、彩乃である。昨日携帯にかけてきて、明日(つまり今日)午前中に時間が取れないかと聞かれた。話をしたいのだという。
 彩乃は中学時代から奈央子と親しく、高校も同じ女子高に進んだ。中学1年と3年では柊ともクラスメイトだったし、奈央子とよく行動をともにしているので、大学入学後はわりと顔を合わせている。だからお互いのことはそれなりに知っていた。
 しかしさすがに、わざわざ二人きりで会ったことはない。たいていは奈央子が同じ場にいたし、そもそも待ち合わせて会うほどの用がある仲でもない。
 ……今の状況からして、奈央子のことだろうとは予想がついた。奈央子が、先日のことを親友に黙ったままでいるはずがないし、彩乃がそれを聞いてどう思うかも、なんとなく想像できる。
 奈央子ほどではないけれど、彩乃もそこそこ美人の類である。プラス、一見して少々気が強そうな雰囲気で、実際にそういう性格だ。
 何を言われるだろうかと、内心かなりビクビクしながら、柊は待ち合わせ場所に向かった。
 その喫茶店は、大学の最寄り駅近くにある。彩乃は今日、午後から学内で合唱サークルの練習があるというので、お互いに後の予定につなげやすい場所を考えて選んだ店だった。
 店に入ると、入り口から見える奥の席に、すでに彩乃はいた。視線を向けられて一瞬ひるむが、覚悟を決めて足を進める。
 席に落ち着くと。彩乃は「とりあえずなにか食べとく?」と聞いてきた。十中八九、失敗作の焼きそば・たこ焼きを山ほど食べることになるだろうからと、柊はコーヒーを頼むだけにしておいた。彩乃はハムサンドセットを注文する。
 それからしばらくは、注文が来るのを待ちながらお互い無言だった。柊は気分的に、こちらから用件を聞いていいものかと悩んでいたのだが、どうやら彩乃は彩乃で、こちらが何かしら尋ねるのを待っていたらしかった。コーヒーが運ばれてきて、一口飲んでも柊がまだ口を開く様子がないのを見て、彩乃はあからさまなため息をついた。




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