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【4】-8:他の誰でもなく

 「ねえ、あたしが話したいって言った用件、見当ついてる?」
 尋ねられ、わずかに迷った後、柊はうなずいた。
 「奈央子のことだろ?」
 そう、と彩乃もうなずく、
 「何があったのか、だいたいのことは奈央子から聞いたよ。けど、そっちの言い分もちゃんと聞いておきたいと思って」
 ちょうどサンドイッチが運ばれてきたので、いったん話は中断した。最初の一切れを食べてから、再び彩乃は口を開く。
 「まず確認だけど。問題の日……火曜日ね、望月さんと本当にケンカしたの? 奈央子はたぶんそうだって言ってたけど」
 「ああ、それは合ってる」
 「そう。……じゃあね、ここからが大事なことなんだけど——奈央子にああいうことした理由」
 当日のことを思い出し、途端に心臓が早鐘を打ち始める。柊は深呼吸して抑えようとした。
 「奈央子が言うみたいに、イライラしてた気持ちを単純に近くにいた奈央子にぶつけた——望月さんの代わりみたいにしたってのが本当だったら、あんた最低の男だけど」
 身も蓋もない言われ方に、柊はグサリと来た。反論しようとした時、彩乃が「けどね」と口調をいくぶん穏やかなものに変える。
 「なんていうか……羽村がそういうことする奴だとは、あたしには思えないから。思い違いかもしれないけど。だから、ちゃんと確かめたいの。奈央子のためにもね——さっき言ったようなこと、あんたはちょっとでも考えてた?」
 ほんの少しだが、柊はほっとしていた。どれだけ責められるだろうと思っていたが、彩乃の第一の目的はそうではなかった。一応こちらの言い分を聞くつもりでいて、さらに、奈央子の「里佳の代わりにした」という勘違いを(そう思われても仕方なかったが)、彩乃が頭から信じているわけではないとわかり、有難くもあった。
 「おれは——」
 彼女なら、ともかく最後まで耳を傾けてくれるだろう。その思いが柊に、正直に話す勇気を与えた。
 「そういうことは考えてなかった、全然。多少イライラしてたのは確かだけど、あいつが家にきた頃にはほとんど治まってたし、それに……」
 「それに?」
 一度唾を飲み込み、柊は自分を落ち着かせる。
 「……あの時、誰でもよかったわけじゃない。奈央子だったから——奈央子だからそうしたかった」
 他の誰でもなく、奈央子だったから。
 そんなふうに思ったのは初めてだった。



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