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【5】-2:戒め

 たまたま、券をくれた木下という学生が店番をしていて、割引以上のサービスをしてくれた。平たく言うと、タダで食べさせてもらった。
 ちょうど交替の時間だとかで、そばにいた学生にエプロンを押し付け、空いてるなら少し一緒に回らないかと言ってきた。サービスへの義理を感じて、一時間だけは付き合った。だがその後の「もし次の週末、予定なかったら映画でも——」という誘いには、謝りながら首を振った。
 木下氏は見るからにがっかりした後、「彼氏いるの?」と尋ねた。奈央子は少し迷ってから、彼氏はいないけど好きな人はいる、と正直に答えた。肩を落として店に戻っていく木下氏の後ろ姿に、やはり最初から断った方が親切だったかも、と後悔した。
 ……加えて、いっこうに「前向き」になれない自分が、ひどく腹立たしかった。いっそ、申し込んできた誰かと付き合うことを考えられればいいのに、そういうふうには割り切れなかった。その気もないのに良い顔をして、交際することはできない。好意を示してくれた相手に対して、断るのは気の重いことだが、誠意のない態度を取るのはもっと失礼だ。
 そう考えるのは、奈央子自身の主義でもあるが、何よりも思い切れていないからだ——柊への気持ちを。わざわざ髪まで切ったにもかかわらず。
 それなのに、あの日の柊の告白を信じられないでいる。……あまりにも予想外で、取り乱すほど驚かされたのは確かだ。しかし彼が、あの状況で、あんな嘘を言うとは思っていない。彩乃からも、羽村は本気だよと念を押されている——なのにどうして、信じることができないのだろう。
 本当は、自分で理由はわかっている。
 中学時代に一度、恋愛対象として見てもらうことをあきらめてから、その決心をずっと忘れないようにしてきた。柊が里佳と付き合い始めてからは、特にそうだった。好きでいることはやめずにいても、想いが成就する日は来ないから期待はするなと、言い聞かせてきたのだ。
 そのことが今も戒めになって、心を縛っている。 ……けれど、いつまでもそのことから目を背けているわけにはいかない。
 何度もそう思うのだけれど、どうしても一歩踏み出すことができないでいる。
 長年の自己暗示は、自分でも驚くほどに強力で、そして堅固なものだった。胸の奥底に、頑なに閉ざされた部分があるのを知りながらも、それを自力で開くことはとても難しく感じられた。
 何か、よほどのきっかけがなければ——
 「やっぱり、そっちから電話はしてないの」
 「ん——なんか、しづらくって」
 「まあ、わかるけど。あたしの方も相変わらずだから、奈央子が今かけてみても出ないかも知れないしねえ……」
 行動を起こすことを躊躇する奈央子に代わって、彩乃は数回、柊に連絡を取ってくれていた。それによると、当日の夜にはある程度の話をしたものの、それ以降は留守電か、つながっても短い会話しかできていないという。なにやら忙しいようなのだが、聞いてみても理由は言わず「時期が来たらちゃんと話すから」の一点張りらしい。



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