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【5】-3:信じること

 彩乃が「奈央子をほっとくつもり?」と脅し文句を出した時も、やや沈黙したものの、やはり同じ調子だったらしい。だが、
 『いずれ必ず連絡するから、奈央子にはそう伝えておいてほしい』
 そう言った口調がとても真摯なものだったので、彩乃はそれを信じることにしたという。歯がゆい気分は変わらないけど、と後に付け加えはしたが。
 「昨日も電話してみたけど、やっぱり留守電だったわ。ちょっと腹立ったから、いいかげん何とかしろってメッセージ入れといた」
 「どんなふうに?」
 「そりゃもう、ドスのきいた感じでね」
 と言って彩乃が実演したので、奈央子も「そんなのが入ってたら怖いだろうね」と太鼓判を押した。
 「でしょ、それが目的だもの。なのに効いてないのかね、あの朴念仁には」
 「……忙しいんじゃないの、まだ」
 確かに、たまに見かける最近の柊は、いつもバタバタとした様子でいる。講義には出席しているが、たいてい来るのは直前で、時には遅刻してきたりもする。今日のドイツ語Aでもそうだった。そして、終了後はまたバタバタと荷物をまとめて教室を走り出ていく。
 こちらには声をかける気配がないので、奈央子はほっとしているのだが、一抹の不安はあった。先がわからない不安とでも言おうか。
 彩乃に明言しているのだし、柊が今の状態のままでいるとは考えにくい。……だが、もし万一、自分や彩乃の考え違いだったら。このまま、話すどころか見かける機会も少なくなってしまったら。
 柊が何をしていて、どうするつもりなのか予測ができないので、そんなことはないはずだと思いながらも、気がかりな思いを捨てきれなかった。
 ——もし、柊が離れていってしまったら。
 そんな不安を口にすると、間髪入れずに彩乃は奈央子の頭をこづいた。
 「バカ言ってんじゃないの。そんなわけないでしょう」
 「でも……」
 「信じることにしたんでしょ?」
 「……うん」
 「だったら、待ってあげなさいよ。まあとりあえず今年いっぱいぐらいは。それでもなにも言ってこないようだったら、あたしが怒鳴り込んでやるから」
 真剣に言ってくれる彩乃の気持ちが、とても嬉しくて有難かった。
 「わかった。その時はよろしくね」
 そう応じると、彩乃はくすりと笑った。奈央子も微笑み返した。



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