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【5】-5:プラチナリング

 『用はすぐ終わるし、終わったら帰るから。ちょっと会ってほしいだけなんだよ』
 真剣な声音に、次第に緊張してくる。
 「……なに?」
 『駅前にいるから、10分ぐらいで着くと思う。それじゃ後で』
 こちらの質問には応じず、柊は電話を切った。
 ボタンを押すのも忘れ、しばし奈央子は携帯を手にしたまま、立ち尽くしていた。
 ——柊が、今からここに来る。
 全く予期していなかったので、まず心に浮かんだのは、どうしようという焦りの念だった。その後からじわじわと、不安と困惑が胸のうちに広がる。
 同時に感じたわずかな期待は、隅に押しやった。勝手に期待して、その通りにならなかったら、より落胆は激しいものだから。
 ともかく、なるべく落ち着いて応対しないと。
 そう考えた矢先、インターホンが鳴った。出ると予想通り柊だったので、キーを操作し、エントランスの扉を開ける。
 しばらく待つうちに、玄関で再びピンポンと音がする。胸に手を当て、呼吸を落ち着けてから、奈央子はドアを開いた。
 コートの肩や、髪に薄く雪を積もらせた柊が立っていた。どうやら雪が降り始めたらしく、外の冷気は帰ってきた時よりも強くなっていた。
「……とりあえず、入ったら? コーヒーかなにか作るから」
 わずかに逡巡したが、やはり奈央子はこう言う。
 だが柊は首を振った。
 「いや、ここでいい。これを渡したいだけだから」
 と、奈央子の目の前に差し出したのは、小さな紙袋だった。反射的に受け取ってから、袋にプリントされた文字を見て驚く。
 「これって——」
 「中身見て、考えてほしい。返事はいつでもいいから」
 そう言うと、柊はすぐに背を向け、早足で階段の方へと向かった。奈央子は慌てて、紙袋の中の物を取り出し、ラッピングを取り払う。小さな箱の中身を目にして、頭が真っ白になった。
 数瞬後、奈央子は小箱を片手に家の鍵をつかみ、コートを羽織りながら駆け出した。急いで3階分の階段を下り、エントランスの外へ出る。
 柊は、駅の方角へさらに数十メートル進んだところにいた。こちらの呼びかけに気づき、足を止めて振り向く。
 奈央子は、手の小箱を柊に向かって差し出した。
 「……これ」
 「気に入らなかったか?」
 「そうじゃなくて——どうしたの、いったい」
 数ヶ月前、駅ビルで会った時に自分が柊に教えたプラチナリング。箱の中身はそれだった。



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