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【5】-6:「ありがとう」

 確か、14・5万するはずの品物だ。そんなものをポンと買えるだけの余裕が、柊にあるとは絶対に思えない。
 ああ、と柊はうなずき、
 「バイト増やして資金稼いだ。……まあ、時間短くて実はちょっと足りなかったから、食費削ったりもしたけどな。入荷が間に合うかが心配だったけど、昨日ギリギリで入ったって店から連絡が来て」
 「……どうして、わたしに?」
 その問いに、柊はしばらく黙った。無言のまま、見たことがないほど真剣な表情で、こちらを見つめる。やがて、ゆっくりと口を開いた。
 「瀬尾に、たぶん奈央子は信じるきっかけがほしいんだって言われて、考えた。そのためにどうしたらいいのか。——考えてたら、それのことを思い出した。おまえも、もらえたらやっぱり嬉しいって言ってたこと」
 ……確かにそうは言った。けれどあれはたとえ話で、話のついでに聞かれただけで……
 「おまえが気に入るかどうかはわからないけど、今おれにできる精一杯の表現は、それぐらいしかないと思った。これでダメだったら、もう一度考え直すつもりだけど——」
 柊が、数歩前へ踏み出した。手を伸ばせばすぐに届く距離まで近づく。
「——まだ、信じてもらえないか?」
 ささやくような言葉が、雪花の舞う空間の中に響いた。その響きが、徐々に奈央子の心にも広がっていく。
 胸の奥底にあった戒めが、静かに解けた。頑なに閉ざされたものがゆっくりと開き、何かがあふれてくるのを感じる。
 あたたかなもので心がいっぱいになり、体の中を指先まで満たした。
 ……気がつくと、涙が頬をつたっていた。嗚咽がもれそうになるのを、口を押さえてこらえる。
 柊が、焦ったような慌てたような口調で、
 「あ、っと……やっぱり気に入らなかったか」
 後悔をにじませてそう言うのに、奈央子は泣き顔のまま首を振る。
 「……違う、そうじゃないの。……なんて言ったらいいかわからなくて、つまり……」
 胸の奥に、言葉を探した。いくつも浮かんでは消え、最後に残ったのは、とても単純な言葉だった。
 「ありがとう。——すごく嬉しい」
 奈央子がそう言うと、柊は目を大きく見開いた。
 何回かまばたきをした後、ようやく言葉の意味が飲み込めたかのように表情を和らげる。
 とても嬉しそうな、やわらかな微笑みだった。
 奈央子の手から小箱を取り、蓋を開ける。取り出したリングを、柊は奈央子の左手の薬指に通した。
 びっくりして、思わずまた目を上げる。
 柊は微笑みながら手を動かし、そっと奈央子の涙をぬぐった。その手が、頬に添えられ……ゆっくりと顔が近づいてくる。
 奈央子は自然に目を閉じた。直後、唇のぬくもりが重なる。
 お互い、初めての、恋人としてのキスだった。


                        —終—  


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小説 -『ココロの距離』」カテゴリの記事

コメント

完結おめでとうございます。

これで最後かあと少し寂しい気持ちを抱きつつ、ニヤニヤしながら読んでいました。

奈央子ちゃん、よかったね。
でも柊くん、奈央子ちゃんの尻に敷かれそう(笑)

次回作(ありますよね?)も楽しみにしています!

投稿: ユカ | 2008年11月 3日 (月) 18時08分

>ユカさん
コメントありがとうございました。

最後までお読みくださいましたことに、重ねてお礼を申し上げます。
作者にわかっている限りでは、この二人の力関係が変わることは今後もありませんね……ニヤニヤしていただけて嬉しいです(笑)

次回作といいますか、続編はあります。
すでに書き上げているものが2本、執筆中のものが2本。いずれも『ココロの距離』の数ヶ月〜数年後です。
時系列順にいくなら、次の話は奈央子の親友・彩乃の話になりますが……どれを公開するか、もしくは別の作品にするのか、まだ決めかねております。

もし「こんな話が読みたい」というご希望・ご意見がありましたら、ぜひお教えください。参考にさせていただきます。

投稿: まつやちかこ | 2008年11月 4日 (火) 19時29分

更新日をいつも待ち遠しく感じながら、楽しく時に切なく読ませて頂きましたhappy01up
続編との事…やっぱり待ち遠し過ぎますsign03個人的には彩乃ちゃんのお話が読みたいですribbon

投稿: ペコ | 2008年11月 4日 (火) 20時51分

>ペコさん
更新日が待ち遠しかったとのお言葉、ありがとうございます。
私自身、更新ごとの読み返しを、結構楽しんでおりました(笑)

今後についてのご意見もいただき、重ねてお礼申し上げます。続編アップの方針でいくならば、次は彩乃の話になる確率が高いです。サークル本としての発行順も2話目で、二重の意味で順序には沿っていますから。

(ですがまだ考え中なので、他の方のご意見もお待ちしております)

投稿: まつやちかこ | 2008年11月 5日 (水) 01時13分

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