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2008年8月24日 - 2008年8月30日

【3】-9:会わず話さず

 10日ほど前のあの日以来、めったに顔を合わせない。学科が違うからこれまでも頻繁に会っていたわけではないが、最近は見かけることすら極端に少なかった。入学して約半年、こうまで学内で行き会わなかったことはないと思うほどである。
 それどころか、避けられているんじゃないか、という気さえしている。数日前に講義棟の中で見かけて声をかけた時、奈央子は何故か気づかない素振りで通り過ぎようとした。一緒にいた友人の彩乃に引き止められ、こちらを振り返りはしたが、軽く手を振っただけでまた背を向け、講義棟の外へと歩いていった。奈央子の一連の行動に、傍らの彩乃は、少なからず戸惑っている様子だった。たぶん柊と同じように。
 クラスが同じ語学の時間は当然会うものの、奈央子が終了後は妙に素早く教室を出ていくので、話しかけるタイミングがない。しかも、思い返してみれば、意図的に離れた席を毎時間選んでいるようでもあった。そして、選択期間に出席していた西洋史概説の講義は、履修登録しなかったのか、2週目には姿を現さなかった。
 つまり、この10日近く、奈央子とはほとんど話してもいないのだ。何気ない挨拶ですら。
 何度か電話やメールもしてみたが、半分以上は留守電や未返信で、たまに返答があってもごく短い。電話なら「忙しいから」などとすぐに切りたがる。
 どうしたというのだろう。
 もともと、特別にベタベタした関係ではなかったけれど、これほどの「会わず話さず」の状態は異常に思えた。
 ……考えてみると、高校が別だった3年間も、1週間以上会わないことは(修学旅行や家族旅行などの時を別にすれば)めったになかった。母親同士の仲が良かったから、頻繁にお総菜やらお菓子やらをもらったりあげたりしていて、そのたびに自分や奈央子が遣いになって行き来していた。そして、訪ねる側がお茶に呼ばれたりするのも恒例で、そういう日が週に2回はあったものだ。
 ということは——大げさに言ってしまえば、物心ついてからの10数年で初めて、奈央子とろくに会わない時期が続いていることになる。
 「なあ、木下」
 「ん?」
 「2週間ぐらい前、望月と奈央子が学食で話してるのを誰かが見たって言ってたよな?」
 「ああ、さっきの話か? 学部の知り合いがたまたま近くの席に座ってて見たって。学食じゃなくて喫茶だけどな」
 その「学部の知り合い」は以前、奈央子のことを「聞かれたことがある」と言っていた学生らしかった。二人とも、奈央子にある程度の興味を持っていたから、覚えていたし話題にもしたのだろう。



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【3】-10:彼女たちの会話

 彼によれば、話していたのはほとんど里佳一人であり、先に出ていったのも里佳だった。そして奈央子はその後、やけに元気のない様子で、長いこと席を立たなかったという。
 その話を木下経由で聞いたのはつい先ほど、ミーティングが始まるのを待ってる間のことだった。
 約10日前、奈央子が里佳をもっと大事にしろと言った時、里佳と何かあったのかと聞いたのは単なる直感——と言えば聞こえはいいが、どちらかと言えば当てずっぽうだった。ただ、里佳との付き合いに関して、奈央子の方から口を出された覚えはなかったので(柊から相談したことは何度もあったが)、なにか変だと思ったのは確かだ。
 しかし学内でも、週末に会った時にも、里佳の言動に特別な変化は感じられなかった。だから、二人に本当に何かがあったとは考えていなかった。木下から話を聞くまでは。
 入学後に顔を合わせて以来、里佳が奈央子に対してさほど好意的でないのは、理由はわからないながらも気づいていた。奈央子もおそらくはわかっていて、この半年、里佳と積極的に関わることはしていなかった。
 そういう彼女たちが、二人だけで会って話していたというのは、どうも奇妙だ。いったい、話すような何事があったのだろう。
 ……ミーティングが終わったのは、昼休み終了の15分前だった。司会が解散を告げた後は、3時限目の講義へと急ぐ者、遅い昼食をどうしようかと話している者と様々である。
 柊は3時限目は休講で空いていたので、学生食堂へ腹ごしらえに行くつもりだった。ちなみに木下は早々に次の講義教室へと向かってすでにいない。
 会議室を出ようとしたところで、里佳に呼び止められた。他の邪魔にならないよう、通路に出る。
 「ねえ羽村くん、今日の約束忘れてないよね」
 「約束?」
 「やだ、5限の後で、新しくできた駅前のカフェにディナー食べに行こうって言ったじゃない、昨日」
 そういえばそんな話をした気がする。里佳が雑誌で見つけて行きたがっていて、今日ならバイト休みだから別にかまわない、と答えたような……
 「ああ、それ——いや、言おうと思って忘れてたけど、行けなくなった」
 「……えっ?」
 「昨日のバイト中に、明日急に人が足りなくなったから入ってくれって、店長に言われて」
 と言ったが、嘘である。
 里佳と何があったのか、なんとか奈央子に連絡をつけて聞きたかった。一刻も早くそうしないと落ち着かない気分だったので、今日の夜は空けておきたかったのだ。



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【3】-11:昨日は

 ——先に里佳ではなく、奈央子に聞こうと考えたことを、柊は不自然とは感じていなかった。目の前に里佳がいるにも関わらず。
 「そうなの? じゃあ仕方ないね……」
 残念そうに表情を曇らせた里佳に、少しだけ申し訳なく思ったが、その感情はすぐに心の隅に押しやられた。無意識のうちに。
 「じゃ、近いうちに都合のいい日、考えておいて。また電話するから」
 そう言いおいて、里佳は小走りで通路を駆けていき、階段を下りていった。
 里佳の姿が見えなくなってから、柊もその場を離れて歩き始めた。まずは昼メシをすませて、3時限目が終わる頃に電話してみようと考えながら。
 奈央子の時間割を詳細には知らないが、後期の月曜は5時限目は取らないと、確か言っていた気がする。その後変更した可能性もあるが、とりあえずは講義の合間を狙って携帯にかけてみようと思う。着信チェックぐらいはするだろうし、その時にタイミング良くかかれば電話に出るかも知れない。
 そんなふうに決めたら、多少は落ち着いてきた。学食の日替わり定食は何だろうか、と考える程度には、気分にゆとりもできていた。
 柊は地下にある学生食堂を目指し、エレベーターの方角へ向かった。

 ——気がつくと、窓の外はすでに明るかった。
 枕元の時計を見ると、7時5分前を指している。
 時計から手を離し、柊は再びベッドに転がった。……全然、眠った気がしない、
 実際、ほとんど眠っていないのではと思う。寝ようとした時間自体はそれほど遅くなかったが、かなり長いこと寝つけず、嫌になるほど寝返りを打っていた覚えがある。
 今日は1時限目に、史学演習が入っている。数人ごとのグループでテーマを決め、順番に発表するのが後期の方針だった。柊のグループは再来週の予定で、そろそろ大筋を決めなければならない段階だ。
 時間中に意見交換をする約束なので、サボるわけにはいかない。そう思いつつも、全身が気だるくてなかなか起き上がる気になれなかった。
 ……昨日は結局、奈央子と連絡は取れなかった。
 正確に言えば、携帯にかけてみて、3度目で1回繋がった。だが例によってすぐ切ろうとしたので、なんとか制止して「聞きたいことがあるから会えないか」と言ったのだが、今日はずっと講義だからと断られた。その後でもいいと言うと、一瞬沈黙した後、彩乃と約束があると答えた。
 そう言う口調が若干ぎこちなかったので、じゃあ何時に帰るのかと聞くと「わからないけど遅くなると思うから今日は無理」と奈央子は早口で言い、直後、通話を切ってしまった。



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