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2008年8月31日 - 2008年9月6日

【3】-12:不安定な気分

 その後は、何度かけても呼び出し音ばかりで、そのうち「電源が入っていないか……」のアナウンスに変わった。講義が終わった後、時間をおいて奈央子のマンションを訪ねてみたが、2回とも応答はなかった。2度目は9時近かったにもかかわらず。
 本当にいなかったのか、あるいは……理由もなく居留守を使うような相手ではない。もしそうだったとしたら何故なのか。
 そんなことまで考えてしまうのは、こんなふうに自分と会わないでいる理由がわからないからだ。今まで、多少無理な頼みでもたいていは聞いてくれていた幼なじみが、急に顔を合わせるのを避け始め、連絡にもまともに応じない。変に思うなという方が無理だった。
 それでも先週のうちは、課題やサークルの件で忙しいこともあって、四六時中気にしていたわけではなかった。ふと思い出した時も、本当に忙しい可能性もあるしそのうちまた戻るだろう、と結論づけていた。しかし……
 里佳とのことを耳にしてからは、そう考えていられなくなった。時々感じるだけだった不安定な気分が、一気にふくらんだような心地がした。
 なぜこんなに気にかかるのだろうと自分で思うほど、やけに落ち着かない。奈央子との付き合いはいわば、長く続いた日常であり、それが変わることに違和感があるのだろうかと思うが……同時に、それだけではないと、心のどこかで漠然と感じていた。しかし、何なのかまではわからない。
 考えているうちに、時間は7時半を過ぎていた。1時限目は8時50分からで、間に合うためには8時過ぎには出なくてはならない。
 起き上がって着替え、生の食パンにジャムを塗って食べていると、インターホンが鳴った。
 誰だと思いながらドアを開けると——里佳が立っていた。ちゃんと化粧した顔で、微笑みながら。
 「あ、おはよう。ちゃんと起きてたのね」
 「……なんだよ」
 「1限から演習でしょ? 今日はサボれないって言ってたから、遅刻しないように一緒に行こうと思って」
 柊が朝に弱いことを知っているので、里佳がこうやって誘いに来ることは今までにもあった。機嫌の良くなさそうな様子も早起きのせいだと思ってか、里佳は不審感を持たなかったようだ。相変わらずの笑顔で「そろそろ行ける?」と尋ねてくる。
 しばし考えた末、柊は今日の予定を変更することに決めた。



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【3】-13:適当な距離

 「そういえば、昨日何時に帰ったの? 1時前ぐらいまで何回か電話したけど出なか——」
 「望月、今日は2限からだよな」
 「え、そうだけど……どうしたのいきなり、そんな真剣な顔して」
 「聞きたいことがあるんだ、入れよ。——いい、演習はサボるから」

 「えっと、沢辺さん?」
 3時限目。ドイツ語Bの講義が終わり、席を立とうとした時、横から声をかけられた。
 振り向くと、一人の男子学生。同じ語学のクラス生で、確か柊と同じく日本史学科だ。彼らが親しく話す様子は何度も見かけたことがあるが、奈央子自身とは特に交流はなかった。……なんだか焦っているふうに見える。
 「はい?」
 「あの、羽村の家って知ってる? ……よかった、じゃあこれを渡しておいてほしいんだけど、いいかな」
 そう言って渡されたのは、クリップで数部に分けられたコピー用紙の束だった。
 「今日の演習でレポートの打ち合わせするはずだったのに来なくて……そう、1限の。この時間には来るかと思ったけどいないし、急ぐのにどうしようかと思って。僕はまだ5限まで講義があるし」
 奈央子は少し迷った。だが彼がひどく困った様子だったし、空き時間と休講で時間もあり、かつ特に予定はなかったので、引き受けることにした。
 「いいですよ、わたしはこの後空いてるんで」
 「ほんとに? ありがとう、助かる」
 「このまま渡せばわかります?」
 コピーした資料の簡単な説明などをした後、それじゃ悪いけどよろしく、と言って学生は走り去っていった。
 引き受けはしたものの、最近のことを考えると、やはり気が重い。
 ——柊から離れていこうと決めたはいいが、いざそうしようとすると、適当な距離の取り方がわからなかった。
 とにかく、今度こそ気持ちをあきらめる方向へ切り替えていくためには、相手と関わる時間を減らさなければならないと思った。学生番号で決まる語学の講義は一緒にならざるを得ないが、それ以外は、学科もサークルも違うのだから、こちらが気をつけていればさほど難しくはないだろうと考えた。
 しかし、実際はそれほど単純ではなかった。
 会わないでいようと意識するせいなのか、逆に今までよりも、予想外のところで見かけたり出くわしたりしている気がした。そのたびに、向こうには気づかれないうちに避けているつもりだが、1・2度は先に声をかけられて、慌ててその場を離れるようなことをしていた。さすがに自分でも不自然に感じるのだから、柊はどう思っただろう。



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【3】-14:心配

 そのことを追求されたくない思いもあって、電話やメールにもあまり応じなかった。何度かは必要な質問だったから返信などもしたが、本当に最低限の内容ですませていた。
 当然、こちらからはいっさい連絡していない。
 この10日間それで一貫させていたから、自分から会いに行くことはひどく気まずく感じられる。が、大事な頼まれ事なのだからと、繰り返し言い聞かせるように考えた。
 ……1限から出ていないということは、大学にも来ていないのだろうか。所在を確かめるために携帯にかけてみるが、呼び出し音ばかりで出ない。
 念のため、柊が所属するサークルの部屋にも行ってみた。部屋にいた男子学生に尋ねると、今日は見かけていないという。その木下という学生は、奈央子と柊が幼なじみなのを知っているらしく、サークルで大学祭に出す店について一通り宣伝したのち、
 「学祭来るよね? よかったらうちの店にも遊びに来てよ」
 と、その時作っていた割引券まで気前よく渡してきた。奈央子は愛想笑いをしつつ「時間があれば寄ります」と言って部屋を後にする。
 どうやら、本格的に大学には来ていないらしいと学生会館の階段を下りながら考える。今のところ、講義をサボってまでバイトだとか、そういう必要性はないと思うから(可能性がゼロとは言えないが)……もしかして、体調が悪くて家で倒れてたりするのではないか。その仮定に思い至ると、急に落ち着かなくなってきた。
 要するに、心配になってきた。柊は普段からあまり自炊とかしない性格だし、体調が悪いとすると、なおさら何もやっていない——下手すると、朝から何も食べてないかも知れない。
 学生会館前の広場を通り抜けようとした時、ベンチに里佳が座っているのを見つけた。思わず立ち止まったが、そこを通らないと目指す方向へ行けないので、やむなく足を進める。
 里佳は考えごとをしているようで、幸いこちらには気づかれなかった。なにか、ひどく気落ちしているように見えたが、そのまま通り過ぎる。
 どうしよう、と奈央子は歩きながら悩んだ。なにか材料を買っていこうか。いや、里佳との「約束」もあるし——けど本当に何も食べていないのだったらかわいそうだし  
 あれこれ考えた末、ともかくまず様子を見に行くことにした。状況を確認してからでも対応は決められるし、いくらなんでも一人分の米ぐらいは置いてあるだろう。
 大学側から見ると、柊のアパートの方が最寄り駅は手前になる。路線も同じなので、奈央子は定期を使って途中下車した。



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