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2008年9月28日 - 2008年10月4日

【4】-7:その週の土曜日

 その週の土曜日。
 柊は朝の10時過ぎにアパートの部屋を出て、駅へと向かった。大学祭まであと一週間となった今日、サークルの店で売る焼きそば・たこ焼きを作る練習をするため、有志が集まる段取りになっていた。
 大学近くで一人暮らしをしている、2年生の部屋が会合場所だが、集合は午後1時の予定だ。
 その前に、柊には人と会う約束があった。奈央子ではない。当然、里佳でもない。今日は外せない予定があるらしく、会合にも来ないはずだった。
 奈央子の友人の、彩乃である。昨日携帯にかけてきて、明日(つまり今日)午前中に時間が取れないかと聞かれた。話をしたいのだという。
 彩乃は中学時代から奈央子と親しく、高校も同じ女子高に進んだ。中学1年と3年では柊ともクラスメイトだったし、奈央子とよく行動をともにしているので、大学入学後はわりと顔を合わせている。だからお互いのことはそれなりに知っていた。
 しかしさすがに、わざわざ二人きりで会ったことはない。たいていは奈央子が同じ場にいたし、そもそも待ち合わせて会うほどの用がある仲でもない。
 ……今の状況からして、奈央子のことだろうとは予想がついた。奈央子が、先日のことを親友に黙ったままでいるはずがないし、彩乃がそれを聞いてどう思うかも、なんとなく想像できる。
 奈央子ほどではないけれど、彩乃もそこそこ美人の類である。プラス、一見して少々気が強そうな雰囲気で、実際にそういう性格だ。
 何を言われるだろうかと、内心かなりビクビクしながら、柊は待ち合わせ場所に向かった。
 その喫茶店は、大学の最寄り駅近くにある。彩乃は今日、午後から学内で合唱サークルの練習があるというので、お互いに後の予定につなげやすい場所を考えて選んだ店だった。
 店に入ると、入り口から見える奥の席に、すでに彩乃はいた。視線を向けられて一瞬ひるむが、覚悟を決めて足を進める。
 席に落ち着くと。彩乃は「とりあえずなにか食べとく?」と聞いてきた。十中八九、失敗作の焼きそば・たこ焼きを山ほど食べることになるだろうからと、柊はコーヒーを頼むだけにしておいた。彩乃はハムサンドセットを注文する。
 それからしばらくは、注文が来るのを待ちながらお互い無言だった。柊は気分的に、こちらから用件を聞いていいものかと悩んでいたのだが、どうやら彩乃は彩乃で、こちらが何かしら尋ねるのを待っていたらしかった。コーヒーが運ばれてきて、一口飲んでも柊がまだ口を開く様子がないのを見て、彩乃はあからさまなため息をついた。




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【4】-8:他の誰でもなく

 「ねえ、あたしが話したいって言った用件、見当ついてる?」
 尋ねられ、わずかに迷った後、柊はうなずいた。
 「奈央子のことだろ?」
 そう、と彩乃もうなずく、
 「何があったのか、だいたいのことは奈央子から聞いたよ。けど、そっちの言い分もちゃんと聞いておきたいと思って」
 ちょうどサンドイッチが運ばれてきたので、いったん話は中断した。最初の一切れを食べてから、再び彩乃は口を開く。
 「まず確認だけど。問題の日……火曜日ね、望月さんと本当にケンカしたの? 奈央子はたぶんそうだって言ってたけど」
 「ああ、それは合ってる」
 「そう。……じゃあね、ここからが大事なことなんだけど——奈央子にああいうことした理由」
 当日のことを思い出し、途端に心臓が早鐘を打ち始める。柊は深呼吸して抑えようとした。
 「奈央子が言うみたいに、イライラしてた気持ちを単純に近くにいた奈央子にぶつけた——望月さんの代わりみたいにしたってのが本当だったら、あんた最低の男だけど」
 身も蓋もない言われ方に、柊はグサリと来た。反論しようとした時、彩乃が「けどね」と口調をいくぶん穏やかなものに変える。
 「なんていうか……羽村がそういうことする奴だとは、あたしには思えないから。思い違いかもしれないけど。だから、ちゃんと確かめたいの。奈央子のためにもね——さっき言ったようなこと、あんたはちょっとでも考えてた?」
 ほんの少しだが、柊はほっとしていた。どれだけ責められるだろうと思っていたが、彩乃の第一の目的はそうではなかった。一応こちらの言い分を聞くつもりでいて、さらに、奈央子の「里佳の代わりにした」という勘違いを(そう思われても仕方なかったが)、彩乃が頭から信じているわけではないとわかり、有難くもあった。
 「おれは——」
 彼女なら、ともかく最後まで耳を傾けてくれるだろう。その思いが柊に、正直に話す勇気を与えた。
 「そういうことは考えてなかった、全然。多少イライラしてたのは確かだけど、あいつが家にきた頃にはほとんど治まってたし、それに……」
 「それに?」
 一度唾を飲み込み、柊は自分を落ち着かせる。
 「……あの時、誰でもよかったわけじゃない。奈央子だったから——奈央子だからそうしたかった」
 他の誰でもなく、奈央子だったから。
 そんなふうに思ったのは初めてだった。



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【4】-9:確信

 里佳と付き合ってきた間に、キスをしたことがないわけではない……というより、何度もしていた。
 しかしいずれの場合も、どちらかといえばその場の雰囲気で——シチュエーション的にそうしておくかと、頭で考えていた割合が大きかった。
 それが、あの時は全然違った。自分から積極的にそうしたいと、考えるよりも先に感情が体を動かした。今まで、あんなに強く心をつき動かされた覚えはなかった。
 柊の言葉を聞いて、彩乃はこちらの目をまっすぐに見つめた。柊もその視線を正面から受け止める。
 ややあって、彩乃がゆっくりと言った。
 「つまり、それって……奈央子を女の子として好きだって、気づいたってことかな」
 奈央子以外の他の女なら、きっとああいう行動は起こさなかった。そもそも、考えもしなかっただろうと思う。どうしてなのか、ずっと考えていた。
 何度考えてみても、行き着く結論はいつも同じだった——自分にとって、奈央子が特別だからだ。
 幼なじみだからとか、兄弟みたいなとか、これまで認識していた意味よりも、もっと大事な、特別な気持ちで——
 彩乃に言葉に出されて、ようやく確信した。
 「そうだと思う——いや、間違いない」
 揺るぎない柊の口調に、彩乃はうなずいた。張りつめていた空気が、少しだけゆるむ。
 「わかった。それで、これからどうするつもり?」

 ——週明け、月曜。
 4時限目の英文学講読Ⅰが始まる10分前に、奈央子は教室に到着した。3分の1ほどの学生が来ている中、向かって左側の真ん中あたりに席を確保した彩乃が、こちらに向かって手を振った。
 奈央子が隣の席に着いた途端、彩乃が尋ねた。
 「ね、4限の後って空いてるかな」
 「え……なんで?」
 「いいから。バイトとか、どっか買い物行くとか、決定済み?」
 「ううん、今日は特になんにもないけど」
 勢いに押されつつ答えると、彩乃はちょっと電話してくると言って、携帯を持って教室を出た。5分もしないうちに戻ってきた友人に、奈央子は当然の疑問をぶつけた。
 「ねえ、いったい何なの?」
 「んーと、ちょっとね。後でつきあってほしい所があって」
 彩乃らしくなく、妙に歯切れが悪かった。「どこに?」と聞いても「後で言うから」と答えようとしない。そうこうしているうちにチャイムが鳴った。



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