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2008年10月5日 - 2008年10月11日

【4】-10:会う段取り

 すでに到着していた講師が、出席を取り、講義を始める。テキストの文字を追いながらも、奈央子の思考は当然ながら、先ほどのやり取りに戻っていってしまう。
 彩乃が、わざわざ隠すような場所とはどこなのか——見当もつかなかった。彼女は普段、そんな回りくどいことを(良い意味で)する性格ではない。それだけに気になった。……おかげで、何度も今どこを読んでいるのかわからなくなりかけて焦った。
 そんな調子のまま90分が過ぎ、チャイムとともに講師が終了を告げる。
 「さ、行こう」
 テキストや筆記具をてきぱきと片付け、彩乃が立ち上がった。急かされるままに奈央子も荷物をカバンに入れ、歩き出した彩乃の後を追う。
 講義棟から出た直後、彩乃は奈央子の腕を引いて学生が行き交う道から少し外れた位置に移動した。
きょろきょろと周囲を見回し、とりあえず誰も近づいてきそうにないのを確認すると、彩乃はおもむろに「実はね」と口を開いた。
 「羽村に頼まれたの。奈央子と会う段取りをつけてほしいって」
 「——————え?」
 「どうしても話したいことがあるからって。怒ってもなんでもかまわないから、とにかく話を聞いてほしいんだって」
 それまでの困惑が一気に、不安に取って変わる。
 「……どういうこと」
 「週末に羽村を呼び出して話をしたの。……うん、黙ってたのはごめん。でも、あっちの言い分があるなら、それも聞いておくべきだと思ったから。で、一応全部聞いて、考えてもらった結果、もう一度奈央子に直接話すってことになったの」
 「……なにを?」
 「それは自分で聞いて。ああ、でも奈央子が思ってるようなことじゃないよ。それだけは言っとく」
 (わたしが思ってるようなことじゃない……)
 そう言われても、全然安心できなかった。
 まるで訳がわからない。今さら、何を言おうとする気なのか。
 ……何であろうと、聞きたいとは思えなかった。
 「——行かなきゃだめ?」
 弱々しく口に出すと、彩乃は思いのほか強い口調で「だめ」と言った。その後すぐ、今度はなだめるようにゆっくりと、
 「ね、とにかく聞いてあげてよ。あいつ、わざわざ5限サボって待ってるんだし」
 その言葉に、心が少し動いた。それでもまだ、逃げ出したい気持ちの方が大きかったのだが……
 「わかった、行く」
 今回は友人の気持ちを汲むことに決めた。彩乃はほっとした表情を浮かべ、奈央子を促して文学部棟の方角へ歩き始めた。



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【4】-11:ずっと前から

 文学部棟の裏手は、小さな広場になっている。正門以外に大学構内へ出入りする道の一つが通じていて、日中はそれなりに人の行き来がある。しかし、奈央子たちが行った時には、5時限目開始直後の微妙な時間帯のせいか、道行く人の姿はなかった。
 ——広場にいるのも一人だけだ。
 彩乃が手を振ると、柊は座っていたベンチから立ち上がり、こちらに近づいてきた。間隔が2メートルほどになったところで足を止め、奈央子を見る。
 またしても反射的に硬直し、顔を上げるのも怖いほどだったが、彩乃に半歩前へと押し出され、仕方なく「……なに?」と自分から尋ねる。
 それをきっかけに、柊が落ち着いた口調で話し始めた。
 「とりあえず、来てくれてありがとう。だまし討ちみたいな方法を使ったのは謝る。けど、どうしても聞いてほしかったから」
 あらかじめ台詞を考えていたのか、緊張しているらしいものの、言葉の出てくる調子自体はなめらかだった。
 「こないだのことも、もう一度謝らせてほしい。おまえを傷つけるつもりじゃなかった……それについては本当に悪かったと思ってる」
 だけど、と、にわかに語調が強くなる。
 「誤解されてるままだとつらいから、そのことはちゃんと訂正させてもらいたい——あの時、おまえを望月の代わりだとか、イライラのはけ口だとか、そんなことはこれっぽちも考えてなかった。他の誰でもない、奈央子だったから……だから抱きしめたいと思ったし、ああいうこともした」
 聞いているうちに、奈央子はなんだかわからない感情が、胸の奥から湧き上がってくるのを感じた。警報でも鳴らされているかのように、ひどく落ち着かない……この場にいてはいけないというような。
 このままこれ以上、話を聞き続けていられそうにない心地だった。それほどに、頭も心も不可解ななにかで一杯になっていて、苦しかった。
 その先は聞きたくない、と内心で耳を塞いだ時。
 「奈央子が好きだ」
 聞き間違えようのないほど、はっきりとした声で柊が言った。
 「やっと気づいた——望月でも他の誰でもなくて、おれはおまえが好きなんだって。自分でも最近までわかってなかったけど……たぶん、ずっと前から」
 限界だった。
 考えるよりも先に、奈央子は踵を返して駆け出した。ともかくここから、柊の前から離れたかった。




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【4】-12:大学祭2日前

 走って走って、大学図書館の前を通り過ぎ、講義棟の一角とは反対側の庭園の中へ入って、ようやく足を止めた。幸い、ここも人の姿はない。
 やや遅れて、彩乃が後ろから駆け込んでくる。
 お互いに、呼吸を整えるため傍らのベンチに腰を下ろし、しばらく無言でいた。
 かなり息が落ち着いた頃、
 「ちょっと、なお——」
 彩乃がいくぶん非難するように言いかけたが、こちらを見てすぐに口を閉ざした。その表情で、奈央子は自分が泣いていることに気づいた。
 勝手に涙があふれてきて、何度ぬぐってもきりがない。奈央子のそんな様子に、彩乃は一転して心配そうな口調で尋ねる。
 「……ねえ、どうしたの。もしかして羽村の言ったこと、嘘だと思った?」
 しばし考えたのち、奈央子は泣きながら首を振った。しかし「じゃ、信じてあげるの」という彩乃の言葉にも、同じように横に振る。
 「——だったら、どうしたいの、奈央子は」
 彩乃の声は戸惑っていた。それを当たり前だと思いながらも、奈央子はただ首を振り続けた。
 「……わかんない。もう全然わかんないの」
 頭の中がぐちゃぐちゃで、何をどう考えたらいいのか、全くわからなかった。

 明後日からの、土日を含めた4日間が、いよいよ大学祭本番である。何かしらの催しに携わる学生は皆、講義の合間を縫っての準備に追われていた。
 柊の所属サークルも例外ではない。今日は午後から、屋台や器具のレンタル・食材販売などの業者が学内に出入りしている。事前に大学の担当を通じて各団体の必要数は発注済みで、それらの搬入・受け渡しが、学生会館前の広場で行われていた。
 早くに引き取りを終えたところは、各所で早々に屋台の設置にかかっている。柊のサークルは、3時限目に体の空いてる人間が少なかったこともあり、多数の団体に混じって必要な物を引き取り終えたのは、4時限目の時間を半ば過ぎた頃だった。
 屋台用の鉄のポールやテントは大きい上にかなり重い。加えて、サークルが出店場所として割り振られたのは、正門の近くである。来客がよく通る場所ではあるだろうが、重くかさばる物を持って行き来するには、学生会館からの距離が少々長かった。
 全て運ぶために、柊はサークルの仲間2名と受け渡し場所との間を何度も往復し、そのたびに長い列に並び、時間と気力をかなり消費した。ようやく終わった頃にはへとへとで、しばらく地面に座り込んでしまった。
 ふと周囲を見ると、4時限目が空き時間らしい学生が数名集まっていて、荷解きを始めている。運んできた品物や数量に間違いがないかを確認しているらしい。




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