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2008年10月12日 - 2008年10月18日

【4】-13:彼女との話

 柊が立ち上がろうと思った頃にはチェックも終わったようで、企画委員の一人である3年生が休憩の指示を出した。彼女はその場にいる全員を見回し、柊に目を留める。
 「悪いけど羽村くん、買い出し行ってきてくれる? あ、一人じゃ持ちきれないだろうから誰か——」
 「私、行きます」
 3年生の呼びかけに応じた人物に、柊は驚く。
 いつの間にか来ていた、里佳だった。
 彼女とはあの日以来、サークルの集まりで顔を合わせても口はきいていない。運良くというか、しゃべらなくてはいけない機会もこれまではなかった。……しかし、柊と里佳の関係はサークル内ではほぼ暗黙の了解事項なので、何か不自然に感じた第三者が多少はいるだろうと思う。
 案の定というべきか、里佳が名乗りを上げた時、思わずといった様子で自分たちをうかがった学生が何人かいた。柊は心の中でため息をつく。
 当の3年生は気づいていないようで、ごく素直に里佳の申し出を受け入れた。それぞれの希望(飲み物やお菓子など)を集計して、リストを柊に渡す。
 とりあえず、大学生協内の売店へ向かうことにした。学生会館の方角へと、里佳と並んで歩く。
 ——彼女とも、話をしなければならなかった。
 奈央子への想いに気づいた以上、里佳とこれ以上付き合うわけにはいかない。だが、考えれば考えるほど、申し訳ないという思いばかりが湧いてきて、奈央子に対する時とは違う意味で気が重かった。
 意識してなかったにせよ……いや、意識してなかっただけに、里佳に悪いことをしてしまったと思わざるを得ない。
 二人きりの今のうちに話しておかないと、また後回しにしてしまうかも知れない——それはやはり避けたい。しかし、どう切り出したものか。
 お互い無言の状態が続くうち、目的の売店に到着した。学内の状況を反映して多くの品物が売り切れで、リストの半分ぐらいは買えなかった。どうしようかと考え、大学近辺のコンビニを回ってみることにする。
 ……先ほどから、完全に行き先のことしか口にしていない。ひょっとしたら里佳の方から話を振ってくれるかも、などと消極的に逃げている自分を、今さらながら自覚した。
 ——言わなくては。
 「……あの、さ。望月」
 学生会館近くの門から学外に出たところで、ようやく柊はそう切り出した。
 「なに?」
 聞き返した里佳の声は思ったよりも平静だった。そのことに安堵しつつ、話を始める。




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【4】-14:今さらだけど

 「こないだ望月に言われたこと、よく考えてみたんだけど——確かに、望月が正しかったよ」
 しばしの沈黙ののち、里佳が言った。やはり静かな口調で。
 「ふうん。やっと気づいたってこと」
 「……そうだな、今さらだけど」
 意外なことに、里佳はそれを聞いて吹き出した。
 「そうね、ほんとに今さらよ。私は付き合い始めて半年もしないうちに、なんとなく気づいてたのに」
 「え——そんな早く?」
 「うん。……でも、別れたくなかったから言わなかった。あなた自身は全然自覚してないみたいだったから、そのうち気持ちが変わるかも知れないって、多少は期待してた……私はずっと好きだったから」
 せつなげな口調に、柊はあらためて里佳に申し訳ないと思った。少し迷ったが、結局は口に出す。
 「ごめんな」
 「いいよ、謝らなくても」
 「いや。おれ本当に、なんにも気づいてなかった。自分の気持ちにも、望月にそんな思いさせてたことも……こんなに鈍感だったなんて、自分でも知らなかった」
 「だから、いいんだって。わかってたことだし、羽村くんが正直にそれを認められるようになったんなら——まあでも、ちょっとは悔しいかな」
 思わず振り向いて見た里佳の横顔には、言葉とは裏腹に、おだやかな微笑みがあった。
 「私も、羽村くんの幼なじみならよかったかな」
 コンビニの買い物かごにコーラのペットボトルを入れながら、独り言のように里佳が言う。
 「うーん、でもやっぱりダメだったかも。沢辺さんみたいな人が身近にいる限り、勝てる可能性は低いかもね」
 「ほんとに——」
 再び謝ろうとした柊を、里佳が手で制する。
 「それ以上謝ったりしないで。……ところで、沢辺さんにはまだ伝えてないの?」
 にわかに口調をあらため、里佳はそう聞いた。柊は少し考えてから、
 「一応言った。月曜に」
 「言ったの? そのわりに元気ないのね。それで、返事は」
 「聞いてない。……逃げられたから」
 柊のその言葉に、里佳は目を丸くした。
 「逃げられた、って……どうして」
「問題の日」以降のことを細かく説明する気には、さすがになれなかった。代わりにこう答える。
 「なんていうか——ちょっと、誤解されてるみたいなんだ。あいつの友達によれば」
 「沢辺さんの気持ちは知ってる?」
 「——ああ」
 奈央子に告白した日——月曜の夜、彩乃からまた連絡があった。
 柊の前から逃げ出した後の様子を大まかに説明したのち、「奈央子には悪いけど」と前置きして彩乃は打ち明けた。奈央子が、ずっと以前から柊を想い続けていることを。



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【4】-15:自己嫌悪と励まし

 『……だから、奈央子も本当は信じたいはずなの。でも、たぶん急展開すぎて受け入れられないんだと思う……それに、望月さんのこともやっぱり気にしてるだろうし』
 彩乃の話を聞いて、今までの腑に落ちなかった出来事に、ことごとく納得がいった。奈央子の態度の急な変化も、ああいう「勘違い」をして怒った本当の理由も——髪をいきなり短くしたのも、当然ながらその延長線上なのだろう。
 あんなによく似合っていて……好きだったのに。
 そう、奈央子の長い髪が好きだった。普段は、きちんとまとめたり束ねたりしていたが、時折後ろは垂らしていることもあって——さらさらと揺れる髪が綺麗だなと、心のどこかで思っていた。
 そんなことさえ、つい最近まで気づかなかったのだ。ましてや奈央子の気持ちなど……彩乃に言われるまで、全くそうだとわからなかった。
 つくづく、自分は救いがたい鈍感だと、柊はその時自嘲したほどだ。
 柊の返答に、里佳は心得たようにうなずいた。
 「それなら、ちゃんと誤解を解かなくちゃね。どういう内容かはわからないけど、何だったとしても、嫌いにはなってないだろうし」
 「……そう思うか?」
 「思うよ。だってまず間違いなく私よりも前から、あなたのこと好きなはずだし。そう簡単にいきなり嫌いになったりしないわよ」
 ……奈央子と会って半年強の里佳にそこまでわかるのに、どうして自分にはわからないのだろう。
 深い自己嫌悪に陥りそうになる。
 落ち込んだ表情になった柊の背中を、ハッパをかけるように里佳の手のひらが叩いた。
 「そんな顔しないで元気出してよ。——ここまで来たらうまくいってくれないと、私の決心も水の泡になっちゃうんだから」
 明るく言っているが、彼女の隠しきれない微妙な思いは感じ取れた。また謝罪の言葉が浮かんできそうになるが、里佳の心情を慮り、胸におさめた。
 「ありがとうな、望月」
 「あ、それと。サークルいきなり辞めたりしないでね。私は友達がいるから辞めないし、みんなに感づかれても気にしないようにするから……って、もともと私が誘っただけだから、羽村くんがどうするかは自由だけどね」
 確かに、特に断る理由もなかったので、里佳に誘われるままに入ったサークルだった。友人ができたとはいえ、今もさほど執着はないのだが、もしこの状況で柊だけが辞めたら、仲間うちでさらに妙な憶測が飛ぶ可能性が大きい。それぐらいの予測はできたし、そうなったら、何より里佳が気の毒である。
 自分にも辞める理由は特にないから当面はいるつもりだと口にすると、今度は里佳が「ありがとう」と言った。会話の最初と同じ、とても静かな声で。




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