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2008年12月21日 - 2008年12月27日

(2)【1】-4:間近に見る従弟

 一人っ子の宏基は、初めて会った時から「彩姉」と呼んで懐き、彩乃もそうやって慕われるのが決して嫌いではなかった。兄妹の中では一番下なので、姉扱いされるのはむしろ嬉しいぐらいだった。
 まあ細かいことを言うと、思い返すと多少腹立たしいような過去もあるのだが……10年近く前のことだし、彩乃自身、実際にはさほど気にしているわけでもなかった。
 中学に入って以降はあまり顔を合わせていないのだが、宏基を弟みたいに思っているのは今も変わらない。
 これといってすることもなく、時間を持て余した気分になっていたところだったので、にわかに従弟の訪問が楽しみになってきた。
 一体、相談したいこととは何だろう?
 そういえば宏基は今年、高校3年のはずだが……ストレートに考えれば、この時期なら受験についての相談、志望大のこととかだろうか。思い返せば、今年になってからは帰省中に何度か電話をもらっていた……らしい。というのは毎回外出中で、一度も自分では受けていないからである。そのたびに、またかけ直すと従弟は言っていたらしいが、彩乃がいる時にかけてきたことはなかった——今までは。
 あいつの偏差値どのぐらいなんだっけ、などと考えているうちに、インターホンが鳴った。応対すると宏基の声だったので、ずいぶん早いなと思いつつも、玄関に向かう。
 ドアを開け——その先に現れた姿に、彩乃の目は釘付けになった。
 しばしの沈黙。
 「…………宏基、よね?」
 相手は一瞬きょとんとする。
 「当たり前じゃん。ちゃんと名乗っただろ?」
 何を今さら、と言いたげな口調だった。
 「そうだよね、なに言ってんだろあたし」
 冗談ぽく返しながらも、彩乃は内心まだうろたえていた。
 最後に宏基に会ったのはいつだったろう。
 親戚の誰かの法事だったか葬式だったか……ともかく、1年近くはまともに顔を見ていないと思う。
 その間に、こんなに変わるものだろうか。
 「ねえ、あんたってそんなに背が高かったっけ?」
 「彩姉、俺いくつだと思ってんの。18にもなったら背ぐらいそれなりに伸びるよ」
 ……確かに、小学生の頃は前から数えた方が早いぐらいだった身長は、中学の途中から急に加速して伸びていた気もする。いつの間にか周りの大人たちの大半を追い越しているのに気づいて、へぇと思った記憶はある。
 ただ、こんなふうに間近に並ぶ機会は久しい間なかったから、実感としては分かっていなかっただけで。

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(2)【1】-5:緊張

 今、目の前に立っている宏基は、162センチの彩乃でもかなり見上げなければ視線が合わせられないほど、長身になっていた。
 「それなりに、ってレベルじゃないでしょ。一体何センチあるの」
 「えーっと……春の身体測定の時は189ちょっとだった、たぶん。——ところでさ彩姉、今日って結構暑いんだけど、入ってもいい?」
 「え? あ、ごめん」
 言われてようやく、まだ玄関先での立ち話状態から動いていないことを思い出した。彩乃は慌てて数歩後ろへ下がり、家の中に招き入れる仕草をした。
 靴を脱ぎ、スリッパを履いて居間へと向かう宏基の、一連の動作を彩乃は見ていた。お茶を用意して来るからと言いおいて、台所に入って一人きりになり、やっと息をついた。
 (なんで?)
 どうして緊張しているのだろう。
 相手は子供の頃から知っている、しかも従弟なのに。
 ——けれどここ何年かは、昔ほど会う機会が多くなかったのも確かだ。むしろ、めったに会ってないと言う方が正しいぐらいに。
 久々に間近で見た宏基は、彩乃の記憶より遥かに成長していた。身長の伸び具合もさることながら、容貌の変化にも驚かされた。
 もともと、整って可愛らしい顔立ちではあったけど……年を経てずいぶん、予想以上に男らしさが付加されているように感じた。なんだか、よく知らない人が家に来たみたいで、半ば無意識に、相手の動きを目で追っていた。
 落ち着け、落ち着けと、彩乃は心の中で繰り返した。久しぶりに会った人物が予想外に変わっているなんて、珍しいことではない。成長期の、10代の男の子ならなおさらだろう。
 こちらの予測よりもずっと——格好良くなっていたから、ちょっと余分にびっくりしただけだ。
 そう自己分析しながら、何度か深呼吸をしていると、だんだん平常心が戻ってきた。グラスに冷えた麦茶を入れ、2人分持って居間へと引き返す。部屋に入る手前で立ち止まり、念のためもう一度、深く息を吸い込んだ。
 「お待たせー。はい麦茶」
 声が普段と同じ調子で出せたので、彩乃はほっとする。グラスをテーブルに置き、宏基が座る向かい側のソファに腰を下ろした。
 そこで初めて「ん?」と思った。
 自分が緊張している間はまるで気がつかなかったが、宏基も何故だか、負けず劣らず緊張しているらしい。視線を下に落とし、膝の上で何度も手を組み直している。

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(2)【1】-6:「彼女になってくれる?」

 何か話しにくいことでもあるのかな、と思うと同時に、今さらどんなことが話しづらいというのだろう、とも考えた。確かに会うのは久しぶりだけど、イトコ達の中では一番付き合いがあると言っていい間柄だから、話すのをためらうとしたらよほど重大なことだろう——とまでは推測しつつも、内容そのものは全く見当がつかなかった。
 「それで、相談ってなに?」
 彩乃が促しても、なおも口を開かず、表情もどことなく硬いままだ。
 不思議に思いながらも辛抱強く待っていると、
 「今日、ていうか今って、伯母さんとかは?」
 まるで見当違いのことを従弟は言った。虚を突かれつつも、彩乃は一応答える。
 「母さんはパートだし、他もみんな仕事に出てるけど? そんなことより何の——」
 「俺さ、K大受けることにしたから。第一志望で」
 にわかに、勢いづいた口調でそう言った。
 「……へぇ? そうなんだ」
 「意外?」
 「んー、ちょっとね。いつの間にそんなに勉強するようになったのかなーって」
 彩乃が知っている宏基は、ひいき目に見ても成績が良いとは言えず、勉強好きでもなかったのだ。からかいを含んだ彩乃の言葉に、こわばっていた表情が少しだけほぐれる。
 「まぁ、受けるんなら頑張んなさいよ。それで大学のことを聞きにきたわけ? 今日は」
 「それもあるけど——」
 言いよどむとともに、再び宏基の顔から笑みが消えた。少しの間の後、相手が発した声音は、いやに真剣なふうに聞こえた。
 「あのさ、彩姉。もし俺が合格できたら……」
 それまで伏せていた目を静かに上げ、従弟はこちらを見つめる。そしてこう続けたのだ。
 「——そしたら、俺の彼女になってくれる?」

 そこまで話して、彩乃はいったん黙った。
 奈央子は考えるように頬に手を当てながら、
 「——で、彩乃はなんて答えたの、宏基くんに」
 と聞いてきた。まあ当然の反応と言える。
 「なんてって……」
 どう言おうかと考え、彩乃は思い出すような間を置いた。本当は思い出すまでもなく、しっかり覚えているのだが。
 『——なに冗談言ってんのよ』
 宏基の発言後、それが彩乃の第一声だった。そしてさらに、畳みかけて言ったのだった。
 『まあ、そんな余裕があるなら案外楽に受かるかもね』

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