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第3章・4

 「確かに、うちの親はまたうるさく言うだろうけど……じゃあ、茉莉ちゃんにもまだ話してないんだ」
 「うん。もちろん、近いうちにちゃんと話はするけど。その前に気持ちを落ち着けたいと思って」
 だから、わたしに先に話したのだ。茉莉ちゃんに対する時の、予行演習の意味をこめて。
 「ほんとにごめんね、こんなことに付き合わせたりして」
 「ううん、全然。で、ちょっとは落ち着けた?」
 「少しだけ、ね」
 「なら、いいよ。わたしで役に立てたんなら」
 それは本心だった。たとえ練習台としてでも、先生の助けになれたのなら——理由はどうあれ、一番最初にわたしに話してくれた事実が、嬉しかった。

 けれど、ささやかな喜びも長くは続かない。先生の転勤はほぼ確実なことで、根本的には問題が山積みなのだ。
 同じ週の土曜日、半日出勤の後に先生と会う約束をしていた茉莉ちゃんは、当然ながら転勤について聞かされたらしい。そうと確定したのは帰ってきてすぐ、夕食の時に両親に話したからで、でなければ「もしかして何も聞かなかったのか」としばらくは疑い続けたに違いない。
 それぐらい、帰ってきた時の姉はいつも通りで、聞いた瞬間にどう思ったにせよ、動揺などの名残りは全く見られなかった。
 両親に話をした際も同じで、その分というか代わりにというか、両親の方が大げさに反応した。身も蓋もなく言えば、急に機嫌が良くなった。
 「まあそうなの、これから大変ね」と言う母は、気遣いの言葉とは裏腹に嬉しさを隠しきれないといった口ぶり。母の言葉にうなずく父も、何も言わないけど表情は抑えられていない。
 「で、いつ転勤になるの」
 「たぶん、来年の春になるみたい。それで、できたら今月中にうちに挨拶に来たいって」
 「——挨拶? なんの」
 「今までのお礼を兼ねてお別れのご挨拶をしたい、って言ってたわ。これからしばらくうちに来られなくなるから」
 「あら。そんなこと別にいいのに」
 母の受け答えは実にあからさまで、言葉の裏で何を考えているのかすぐわかる。ひとつ前の質問は、「挨拶=結婚の許しを得に来る」と思ったからに違いなく、かなり不機嫌そうな声音だった。そして、茉莉ちゃんの答えを受けてのさっきの発言では、180度違うご機嫌ぶり。

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