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第4章・3

 「……仕事、辞めるわけにいかないって迷うのはわかるよ。でもそれならそれで、早くはっきり返事するべきじゃないの。付いてくなら付いてく、できないならできないって」
 「そんな、単純に答えられることじゃないのよ、まあちゃん」
 それまで黙って聞いていた姉の発言に、わたしはひどくムッとした。諭すような言い方はいつもと変わりはないのに、この時はやけに癇に障ったのだ。
 「じゃあ何? 父さんと母さんのこと? あの人たちはいつもああだし、茉莉ちゃんいつだって気にしたことないじゃない」
 「……そうでもないわよ」
 少しの沈黙ののち、かすかに困った目をして向けられて、わたしは呆然とした。
 いきなり、とんでもない裏切りに遭ったような心地を覚える。
 先生との付き合いに関して両親が何を言っても、茉莉ちゃんは聞き流して泰然としていた。
 だからこそ、安心していられたのだ。少なくとも茉莉ちゃんは、両親の横槍に負けて先生と別れたりはしないとーーその落ち着きぶりを時に煙たく思うことはあったとしても。
 その確信が、確信でなくなってしまったら、同時にいろんなことが信じられなくなる。
 「ーーそんな言い方、先生がかわいそうだよ」
 わたしの呟きに、姉は首をかしげた。「私だって悩む時もあるのよ」という言葉は、耳に入りながらもそのまま通り過ぎていく。
 先生がかわいそう、とわたしの口は繰り返す。姉の気持ちが不安定なものになってしまったら、先生は何を信じたらいいのか。何を拠り所にすればいいのか。
 「先生は、茉莉ちゃんのことすごく好きなのに」
 「私だって同じよ。でもね、それだけで全部、なにもかも解決できるわけじゃないの」
 心臓をえぐられたように感じた。よりによって、姉からそんなことを言われるなんてーーわたしが誰より好きな人を、わたしより後に出会っておきながら、手に入れた人が。
 好きなだけではどうにもならない。とっくにわかっていた、思い知らされていたことを、この人にあらためて突きつけられる。なんて皮肉で残酷な状況だろう。

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