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2008年12月28日 - 2009年1月3日

(2)【1】-7:弟も同然

 彩乃の返答を聞いて、奈央子は小首をかしげる。
 「ふうん、冗談だと思ったんだ」
 何やら含みのある言い方に聞こえた。
 「当たり前でしょ。それ以外になにかあるわけないじゃない」
 だったら、と言いながら奈央子は、彩乃の方へと身を乗り出した。
 「どうして、まだそんなに気にしてるの?」

 奈央子はやっぱり鋭いなと、あらためて思った。
 調べものが終わり、奈央子とは大学の最寄り駅で別れて帰る道すがら、彩乃は考えていた。
 実際、自分でも不思議に感じるぐらい、何度もあの時のことを思い返している。
 冗談だと思ったはずなのに——そのくせ、100パーセント完全には、そう確信できない自分もいる。
 あの時の宏基の目が、一瞬、怖いぐらい真剣に見えたせいだ。
 彩乃に向けた視線が、今まで見たことがないぐらいに真摯で……そんなふうに誰かに見つめられた経験はあまりなかったから、反射的にどきりとした。
 すぐに、自分自身でその反応を打ち消しはしたけど、気のせいだと考えるには、相手の態度も自分の反応も明確すぎる気がした。何故か、どちらも認めたくないととっさに思って、何の冗談かと口にしたのだけど——
 心の奥に引っかかるなにかが、事あるごとにあの時を思い出させる。そのたび、そんな自分がどこかおかしいと彩乃は思う。
 宏基は、弟も同然の存在であるはずなのに。
 ほんの子供の頃は単純に、慕いまとわりついてくるのが常だった。幼稚園から小学校低学年にかけては、何故だか妙に生意気になる時があり、こちらが年上にも関わらず何度も泣かされた。彩乃が昆虫を苦手なのを知っていて、手に持って追いかけ回してきたりしたことも少なくなかった。おかげで今でも虫嫌いは治っていない。
 しかしそういう「意地悪」も、彩乃が中学に上がる頃には鳴りをひそめた。逆に、彩乃の前ではおとなしすぎるぐらいに、一時期は口数も少なかった。そうなったらなったで気になるもので、どうしたのかと考えることもあったけど、いつの間にかまた、会えばそれなりに話すようになっていた。だから、気にしたこともほとんど忘れていた。
 ……再び何かが気になるほどには会う機会も多くなかった、と言った方が正しいかも知れない。中学生にもなると、年下の従弟にかまうよりも優先したいことが、圧倒的に多かったのも確かだ。
 それは向こうも同じだっただろうと思う。実際、宏基が中学に入るか入らないかの頃から、訪ねて来るのは叔母一人になった。男の子はあれぐらいになると一緒にいてくれなくてつまらない、と叔母が母に愚痴っていたのを思い出す。

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(2)【1】-8:親友とその幼なじみ

 だからここ6年ぐらいは、会うとしても年にせいぜい2・3回(親戚の冠婚葬祭行事で)がほとんどである。そういう場だと手伝いに忙しい時が多く、特定の相手とゆっくり会話することは少ない。宏基とも、何かのついでに話すことはあっても、長話をした記憶は全くなかった。
 つまり、二人で顔をつき合わせて話したのはおそらく数年ぶりで、文字通り「二人きり」だったのは(小さい頃を別とすれば)たぶん初めてだ。
 今までは一歩離れたところから見てきた、宏基のここ数年の成長具合を、初めて間近で目にした気分だった。記憶にある以上の変貌ぶりに、正直言って戸惑うほどだった。
 ……自分らしくない、と彩乃は思う。
 相手がちょっと——どころではない気もするが、ともかく、格好良くなってたからといって、それでいきなり心動かされるような柄ではないはずだ。
 そう思った時、何故だか奈央子と羽村柊(しゅう)——親友と、彼女の幼なじみのことを連想した。
 奈央子に初めて会ったのは、中学校の入学式当日である。同じクラスになり、出席番号が近かったので当初は行動班も同じだった。必然的に一緒の機会が多く、気が合う相手だとわかるまでにそう時間はかからなかった。
 柊のことも、その頃からよく知っている。同じくクラスメイトだったし、柊の方がしょっちゅう、こちらが会話中だろうが何だろうがかまわず、奈央子に何かしら頼み事をしに来ていた。
 そういう時、奈央子は「あのねー」と文句を言いつつも、たいていは柊の用件(主に宿題とか、テストのヤマについての質問とか)を優先していた。その場で済む範囲に限ってではあったが。
 けれどその範囲を超えることで柊が優先されたとしても、彩乃は不思議に思わなかっただろう。一見怒った顔をしながらも、柊に頼られることが奈央子は嬉しそうだったからだ——奈央子を問いつめ、柊への気持ちを白状させたのは、中1の夏休みか2学期あたりだったと思う。
 そして柊も、そういう頼み事以上の部分で、奈央子に依存しているように彩乃は感じていた。質問そのものが解決しても、居座って会話に加わってくることがよくあった。奈央子としゃべっている時の柊は、見ようによっては、男友達といる時よりも楽しそうだと思っていた。
 彩乃は、そんな二人をずっと身近で見てきた。
 だから、奈央子が女子高に進学すると決めた時は驚いたし、柊が同じ高校の女子と付き合い始めたと聞いた時にはもっと驚いた。いずれ二人は付き合うようになるだろうと、信じて疑わなかったからだ。

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(2)【1】-9:一目惚れみたいなもの

 想いを伝えようとはしない(それどころか避けていた)奈央子の態度ももどかしく感じたが、柊の朴念仁さにはさらに呆れた。確実に思い合ってるくせに、お互いそれに気づかない——柊に至っては自分の気持ちさえわかっていないのが、内心ずっと腹立たしかった。
 まあ結果的には、数年回り道はしたけど、正式に恋人同士になったわけで……去年の終わりに奈央子から報告された時、彩乃は非常に安心した。そうなる前には少々の紆余曲折があり、それに関してつぶさに聞いていた側としては、本当に気が気でなかった。当時、ひどく情緒不安定だった奈央子に、そう言うことはできなかったけど。
 何にせよ、今の奈央子はとても幸せそうだ。
 あからさまにベタベタしたりすることは全く無いけど、柊との間の空気が、付き合う以前とはまるで違うのがわかる。
 見ていてうらやましくなるぐらい仲が良くて、それでいて雰囲気が穏やかでやわらかい。同じような付き合いがしたいと自然に周りに思わせるような、そんな二人だった。
 本当によかったと、心から思う。そう思う理由のほとんどは、もちろん奈央子が大事な親友だからであるが、もうひとつ、誰にも打ち明けていない密かな事情がある。
 出会ってすぐの一時期、彩乃は柊を好きになりかけていた。当時からわりと背が高く、比較的整った顔立ちをしていた柊は、男子の中ではちょっと目立つ存在だった。加えて勉強・スポーツの成績も悪くないとなれば、女子の目が集まって自然である。
 もっとも、当人がそれを自覚していたかは疑わしいが。女心には(奈央子に言わせれば)おそろしく鈍感だし、そうでなかったとしても、目立つという点では段違いだった奈央子が近くにいたから、彼自身に向けられる視線には気づきにくかったかも知れない。
 そんなふうに、柊もそれなりに注目されてはいたのだが、告白などの具体的な行動に出る女子は、実際にはほとんどいなかったのではないかと思う。彩乃がそうであったように、奈央子のような美人で頭も性格も良いという、文句のつけようのない存在を実際に目にしては、立ち向かう気をなくしてしまう女子が大半だっただろう。
 もっとも彩乃は、ずいぶん早くから奈央子の気持ちにも気づいていたから、思い切るのも早かった。まだ本当に淡い感情で、自分の中ではっきり形になる前だったから、諦めることも難しくはなかった。
 その頃にはすでに、奈央子を親友だと認識していたからでもある。彼女には幸せになってほしいと思ったから、見守ることに決めたのだ。奈央子の想いの深さを知るにつれ、その思いはより強くなった。
 ……そういえば、柊に好意を抱いたきっかけは何だったろうと、彩乃は思う。奈央子を介して話しているうち、良くも悪くも裏表のない性格が好ましいとは感じたけれど、最初に会った時——奈央子と柊が幼なじみと知る前からすでに、なんとなく「いいな」と思っていたような……
 結局は一目惚れみたいなものだったのかなと考えて、彩乃ははっとする。
(……まさかね)
 他の相手ならともかく、宏基に対してそんなことあるわけがない。
 ——何故なら、宏基は「弟」なのだから。それ以上でもないし、それ以下でもない。
 勝手に騒ぎ出した胸の内を落ち着かせるため、彩乃はそう結論づけた。

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