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2009年3月1日 - 2009年3月7日

(2)【4】-7:覚悟

 彩乃が泣いたことに関しては、驚きはしたけど、全然気にしてはいなかった。むしろ、あれほど正直に抱えていた気持ちを話してくれたことが、宏基は嬉しかった。それだけ自分を頼ってくれたということだろうから。
 しかし、頼られることと、特別な相手として見てもらうことは、当たり前だが別の問題である。前者イコール後者に単純に結びつくとは考えていない。
 とはいえ、従姉があんなふうに気弱な様子を宏基に見せたのは、覚えている限りでは初めてだった。だからつい、余計な期待までしてしまったらしい、と自己分析する。
 それに、本人に自覚がなかったとはいえ、彩乃は何年も親友の彼氏が好きだったのだ。その気持ちが簡単になくなるとは思えないし、今後どうするかは彩乃が判断するにまかせるしかない。
 宏基自身の方針は変えないとしても、否定の可能性をかなり多めに考えておかないとダメだな、という気がしている。そうなったら落ち込むだろうし悔しいけれど、それはそれでしょうがない。
 ずっと思っていることだが、無理強いでつき合ってもらうつもりはなかった。あくまでも自然な形で好きになってもらいたかった。
 どう考えても宏基を弟みたいにしか思えない、と彩乃が言うのなら、それを受け入れる覚悟でいる。きっと、諦めるのはものすごく難しくて時間がかかることだろうけど。
 ——ふと気づいて携帯の時計を見ると、あと数分で0時だった。やばい、と思ってベンチから立ち上がる。いまだに母親は、一人息子には甘いと同時にやたらと心配性なのだ。
 空き缶をゴミ入れに放り込み、宏基は家路を急いだ。

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(2)【4】-8:後期試験4日目

 2時限目の試験終了のチャイムが鳴った。彩乃は見直しをしていた解答用紙から顔を上げ、大きく息をつく。後期試験4日目はこれでいちおう終了だ。
 一番後ろの席だったので、同じ列の用紙を集めて担当講師に提出し、席に戻る。筆記用具と問題用紙を片付けていると、奈央子が荷物を持って近づいてきた。
 「おつかれさまー。どうだった?」
 「うーん……なんとか単位落とさない点数は取れてると思うけど。あ、問5の3番、選択肢aとbどっちにした?」
 「えーっと、わたしはaにしたけど」
 「あ、あたしも同じ。直前まですごい迷ったんだけど。奈央子と同じでよかったー」
 「でも、合ってるかどうかわからないよ?」
 「たぶん大丈夫だと思う。……テキスト見てみようか、ちょっと怖いけど」
 本を開き該当箇所を探してみると、解答はaの選択肢で間違いなかった。二人して胸をなで下ろす。
 ——こうやってごく普通に奈央子と話をしていることに、彩乃はいまだに軽い驚きを感じる。けれど心底、安心もしていた。
 奈央子に自分の暗い気持ちを気づかれなくて、本当にほっとしているのだ。
 講義の最終日の後、入試休みでしばらく会う機会がなかったのがよかった、とも思う。その間に自分の気持ちに、ある程度の整理がつけられたような気がする。ほぼ半月ぶりに顔を合わせた時には、自分でも意外なほどに胸は痛まなかったからだ。
 たぶん、人に話すことでちゃんと自覚して、かつそれを自分で認められたことが、区切りを付けるために一役買ったのだろう。
 完全に気にならなくなるにはもう少し時間が必要かも知れないが、いずれは、二人を見ていても平気な日が来るという予感がしていた。それがあまり遠くない未来であればいいと彩乃は思う。
 「彩乃、今日はこれで試験終わり?」
 「うん、語学は明日だし。そっちは?」
 「教育心理学の試験が5限にあるんだよねえ……これから4時間半もどうしようって思っちゃう」
 奈央子は教員免許取得を目指しているので、教職課程として余分に数科目の講義を取っている。
 「卒業の必要単位に加算されないのに、手間だけ取らされるって割に合わないよね。そう思わない?」
 と愚痴りつつも、全科目サボらずにしっかり受けて、単位を一つも落としていない奈央子を、彩乃は素直に偉いと思っている。一度は考慮したものの、教職にそれほど魅力を感じなくて結局取らなかった課程だから、なおさらだ。
 「4時間半かぁ……厳しいねー。サークルの練習がなければつき合うんだけど」

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(2)【4】-9:「受かったよ」

 「んー、まあなんとか時間つぶし考えるよ。サークルって今、新入生歓迎コンサートの練習だっけ」
 「そうそう。実は今度、ちょっとだけどソロの部分があってね——」
 と言いかけた時、ピピピッと甲高い音が3度続けて鳴る。彩乃の携帯のメール受信音だった。
 慌ててカバンの中を探る。
 「メール?」
 「たぶん……うわー電源切り忘れてたんだ」
 「試験中に鳴らなくてよかったね。で、誰から?」
 奈央子の問いを聞きながら、ようやく取り出した携帯を操作し、受信メールリストを開く。
 差出人を見て一瞬固まった彩乃に、奈央子が不思議そうに尋ねた。
 「どうしたの。ひょっとしてイタメールとか」
 そうじゃないけど、と返す自分の声が、微妙にこわばっていることに気づいた。
 「——『今どこ?』だって」
 「それだけ? 差出人は知ってる人——」
 その時、彩乃と奈央子は文学部棟の入り口を出たところ、中央芝生を囲む垣根のそばにいた。
 彩乃の返答にますます不思議そうな顔をした奈央子が、芝生の方角のざわめきに気づいて目をやり、「あ!」と小さく叫んだ。そして、
 「彩乃彩乃、あれ」
 奈央子が示す方向を見て、彩乃もぎょっとする。
 彩乃が立っている位置のちょうど反対側から、芝生を突っ切ってこちらに走ってくる人物がひとり。
 見間違えようもなくメールの差出人……宏基だった。
 そう思った時にはすでに、従弟は彩乃の前に到着していた。元陸上部代表選手だけにものすごい速さである。
 気づくと、宏基の俊足に驚いた学生の目が、あちこちから遠慮なく向けられている。あまりの唐突さに「えぇ!?」としか頭に浮かばない彩乃でも、周囲の注目を一身に集めていることはよくわかった。
 しかし宏基の方は、全く関知していないようだった。わかっていて無視しているのかも知れないが、ともかく、彩乃が驚愕のあまり口がきけずにいるのにはかまわず、息を切らしながらも話し始めた。
「——受かったよ、俺」
 何のことか一瞬わからなかったが、あぁそういえば合格発表やってたっけ、と思い出す。その場所がちょうど、中央芝生を挟んだ向こうの広場だった。
 どうやら発表を見に来て合格を確認して、できれば彩乃に直接伝えるために居場所をメールで聞いた直後、本人を発見したのでここまで走ってきた……らしい。そこまで考えて驚きがおさまってくると、今度は周りがひどく気になり始めた。
 目線を宏基から外して見回してみると、立ち止まってこちらを見ている学生も少なくない。彼らにつられて新たに立ち止まる学生もおり、彩乃たちを中心に、徐々に人の輪ができつつあった。
 心底「どうしよう」とは思ったが、周囲を意識しすぎて、自分からは動くこともできそうにない。宏基が何を言う気にせよ、早く終えるか場所を変えるかしてほしいと考え、目で訴えてみる。それを願うあまり、合格おめでとうと言うことも忘れていた。

 

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