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2009年3月8日 - 2009年3月14日

(2)【4】-10:2度目の告白

 しかし彩乃の希望は通じなかった。それどころかさらにとんでもない方向へ行きそうだと気づいたのは、宏基の次の発言だった。
 「夏に俺が言ったこと、覚えてる?」
 「え?」
 と反射的に聞き返しはしたが、彩乃はすぐに思い出した——というよりも、忘れてはいなかった。
 この数週間、会いたい気持ちを抑えながら、何度も思い返していたことだ。
 (そうだ、会いたかったんだった)
 自分も試験に気を取られて、抑えることに慣れかけていたけど、宏基に会いたいと思っていた。とはいえ、それはもっと普通の状況というか……こういう、衆人環視の中でとは想像もしていなかった。
 嬉しいと思うよりも、パニックが先に立つ。
 おまけに、いったい何を言い出す気なのか。
 ——この状況で「夏に言ったこと」が関連してくるなら、ひとつしかない。
 連想はできたが、余計に頭の中の混乱が加速し、返事ができなかった。同じく何事か察したらしい奈央子は、宏基に遠慮してか数歩離れている。
 彩乃は一言も答えなかったが、「まさか」と思ったのを表情から読み取ったのか、それで覚えていると判断したらしく、宏基は答えを待たずに続けた。
 「あれ、冗談じゃなくて本気だから」
 冗談の入る余地など無い、この上なく真剣な表情だった。口調も、最初の興奮ぎみな調子から、熱意をこめながらも静かなものに変わっている。
 「そういうふうに考えられない、って彩姉が思うんだったら諦めるけど——もしそうじゃなかったら、考慮してくれたら嬉しい。入学式ぐらいまで待つから、どっちの場合でも返事聞かせてくれる?」
 自分が頷いたのかどうか、彩乃にはわからなかった。だが宏基がほっとした表情になったので、たぶんそうしたのだろうと後で思った。
 「ありがとう。それと、驚かせてごめん。じゃ」
 くるりと背を向け、正門の方角へと歩いていく。その背中が急に、大人びたものに見えた。
 遠ざかっていく宏基から、その場に残った彩乃へと周囲の視線が移動する。途端に緊張の糸が切れて目眩を引き起こし、足がふらついた。
 離れていた奈央子が慌てて駆け寄り、彩乃の肩を支える。半ば茫然自失状態だった彩乃をその場から連れ出してくれたとわかったのは、学生会館前の広場にたどり着いてからだった。なるべく遠ざかろうと考えた結果なのだろうが、否応なく数週間前のことを思い出して、少しだが複雑な気持ちもした。
 奈央子が買ってきた缶紅茶を受け取り、ベンチに座る。一口二口飲んだところで、「……大丈夫?」と恐る恐る奈央子が聞いてきた。
 「……うん、たぶん」
 とは言ったが、いまいち自信はなかった。まだ頭は混乱しているし、緊張のせいでひどく疲れた気がする。いっそサークルの練習に行かずに帰ってしまおうか、と思うぐらいだった。
 しばらく無言が続いた後、再び奈央子が遠慮がちに口を開く。
 「——まさか、また冗談とは思ってないよね?」
 ひたすら心配そうな口調に、彩乃は逆におかしくなって微笑んだ。彩乃ってば、と奈央子が少し怒ったように言う。
 「笑いごとじゃないでしょ。……どうするの」
 そう聞かれて、どう答えるべきか困った。
 迷った末に、彩乃が最初に口に出したのは、
 「……どうしようかな」
 という呟きだった。

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(2)【5】-1:卒業式当日、部室

 昼間の空気が少し暖かくなり始めた、3月中旬。
 県立T高校では卒業式が行われ、3年生全員が母校での最後の一日を過ごした。
 教室での卒業証書授与も、在校生との別れの行事も一通り済んだ、夕方4時過ぎ——陸上部の部室に宏基は一人でいた。つい先ほどまで、2年生が進行役での送別会が行われていたのだ。
 他の部員はすでに2次会の会場である、駅前のカラオケボックスに向かっている。宏基は学校を出たところで財布を忘れたことに気づき、部室に戻ってきたのだが……あらためて見ると、ずいぶんな散らかりようである。クラッカーのリボンや紙吹雪が床に散乱し、空になったペットボトルやお菓子の袋もそのままだ。
 普段ならこういう場合、マネージャーの誰かが片付けているのだが、率先してやりそうな2年の戸田美咲は今日の幹事だし、2人いる1年生は盛り上がった雰囲気につられて忘れてしまったのかも知れない。
 高校生活最後の日なのに、このままにして帰るのは、部室に申し訳ない気がする。せめてゴミだけでも集めておくかなと思い、ゴミ袋はこの部室にあったっけ、と考えながら室内を見回していると、
 「財布見つかった?」
 ドアが開く音とともに、そう声をかけられる。
 振り返ると、まなみが入ってくるところだった。
 「ああ、あったけど……おまえ何しに来たんだ?」
 まなみは幹事の面々と一緒に、かなり先に行ったはずである。
 「あたしも忘れ物——ってのはまぁ口実で、ちょっとこれが」と部室内を指して、
 「気になったから。そこのロッカーにゴミ袋の買い置きあるはずだから、何枚か出して」
 言われた通りの場所に透明のゴミ袋を見つけ、10枚入りのパックごと引っぱり出した。
 しばらくの間、ブレザーの制服の上に学校指定のコートを羽織ったままで、二人ともゴミ集めに専念していた。送別会の主役である3年生、しかも幹部の元代表である自分とまなみが、さして疑問も感じず掃除をしている姿を客観的に見たら、たぶん変だろうなと宏基は思う。
 そんなことを考えていたら、無意識のうちに笑ってしまった。燃えるゴミと燃えないゴミの分別に集中していたまなみが、こちらを向く。
「なに、いきなり。思い出し笑い?」
「いや別に。なんでもない」
 そう返して宏基は作業に戻ったが、まなみはまだこちらをじっと見ているようだった。

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(2)【5】-2:あの日のこと

 やや間を置いてから、
 「彩乃さんとは、その後どう?」
 と聞いてきた。宏基が意外に思ってまなみを見ると、相手は意味ありげにニヤリと笑い返した。
 「聞いたよ。ギャラリーのいる前で言っちゃったって」
 「……ああ、それな」
 いろんな意味で隠す理由がなかったので、宏基は頷く。今日声をかけてきた数人の女子にも(中の一人は美咲の妹だったと後で聞いた)、告白の前振りとして聞かれたことだった。
 その話が広まっているらしいとは、あの数日後、わざわざ電話をかけてきて詳細を聞こうとした篠崎から耳にしていた。……つくづく、どこに人の目と耳があるか、それがどうつながっているかは予測できない。その時も宏基は否定しなかったが、篠崎が聞きたがる「詳しいこと」は話してやらなかった。わざわざ噂のネタを増やしてやる義務まではない。
 自分でも、よくあんなことができたなとは思うのだが——発表の掲示に自分の番号を見つけた時、早く彩乃に伝えたいと思って、メールで居場所を聞いた。うまくすれば構内にいるかもと考えた直後、目線の先、芝生の向こうに彩乃の姿を見つけた。
 その途端、何か考える間もなく、文字通りの全速力で走り出していた。驚きで目が飛び出しそうになっている彩乃を前にして、ずっと言いたかったことを伝えることしか頭になかった。
 とはいえ、そこまでの行動ですでに、周りの視線を嫌というほど集めてしまっているのには気づいて
いたから、直接的な言葉は口にしなかった。それでも、当然ながら感づく人はいただろう。
 不意打ちみたいで彩乃には悪かったと思いつつ、けれど後悔はしていなかった。しばらく前まで、彩乃に対して緊張することがあったのが嘘のように、ある種の自信がついたのが自分でもわかった。
 「入学式まで返事待つって? ずいぶん余裕なこと言ったじゃん」
 からかうように言われても、不思議なほど気にならなくなっていた。これも合格したことから来る、自信のなせる業だろうか。
 それにしても、まなみがその話を持ち出してきたのは、やはり意外に思えた。彩乃についてまなみが聞いてきたのは、告白してきた時だけだったのだ。それ以降、その件に関してはただの一度も口に出さなかった。

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