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2009年3月15日 - 2009年3月21日

(2)【5】-3:彼女の告白

 「別に、余裕ってわけじゃないけどな」
 あの場で答えがほしいと言うのはさすがに無茶だと思ったまでだ。自分が原因での注目だったから、宏基自身はかまわなかったけど、彩乃はいつまでもその中にいたくはなかっただろうし——従姉が、あらためて認識した「失恋」からどれぐらい立ち直っているかもわからない。たとえ短い間でも、冷静に考えてもらった上での答えを聞きたかった。
 簡潔にそう答えると、まなみは再び手元に目を落として「そうかなぁ」と呟く。
 「考える時間なら、いっぱいあったと思うけど」
 言われた意味がつかめず、つい聞き返す。
 「誰に?」
 「彩乃さんに」
 「……なんでだよ」
 「だって、あたしが頼んでからもう何ヶ月も経つもん。その間に充分考えてるんじゃない」
 ——間があった。
 「頼んだ、って何を……ていうか大垣、おまえ彩姉に会ったのか? いつ?」
 「去年のK大のオープンキャンパスの時。言っとくけどそのために行ったわけじゃないよ。その日来てるかどうかなんて調べようがないし」
 その日まなみが彩乃を偶然見かけた経緯と、話した内容をざっと聞かされて、宏基はかなり驚いた。初耳だったのだ。
 それと同時に、なんとも表現し難い、複雑な気分に襲われる。余計なことをされたという憤りでも、それを今まで全然知らなかった自分に対する情けなさでも、まなみへの申し訳なさでもなく……反面、それら全部が混ざっているようでもあった。
 「ほんとに、今まで全然聞いてなかったの?」
 「聞いてなかった」
 意外そうに尋ねるまなみに答えながら、そういえば、と宏基は思い出す。正確にいつごろだったかは覚えていないが、電話で話している時、彩乃が何か言いかけて沈黙し、結局何も言わないという妙な間が何度か続いたことがあった。
 それから、正月に会った時の不審そうな視線——自分が何かしら不自然な言動をしていただろうかと思ったが、それなら従姉の家族からも指摘されそうなものだと考えて、はっきりと思い当たることはなかった。けれど、もし彩乃が、まなみの言ったことを真面目に考えていたのだとしたら……宏基が何も言わないことこそが不可解だったのかも知れない。
 推測でしかないけれど、つじつまは合う。

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(2)【5】-4:彼女の宣言

 「なんでそんなこと、おまえが」
 「お節介だった? 確かにそうだけど、でもあたしだから言ったんだよ。御園が好きだから」
 実にあっさりと、しかし臆せずに宏基の目を見つめながら、まなみは言った。
 ……諦めていない、というサインをある意味あからさまに出しつつも、具体的なことは絶対に口にしなかった彼女の、2度目の告白だった。
 「ずーっと見てたから、あんたの気持ちが真剣なのはよくわかった。だから、あの人にも真剣に考えてほしいって思った。それだけだよ」
 きゅっ、とゴミ袋の口を結ぶと同時に、まなみはそれきり黙った。言い訳も、宏基への片想いも、これで終わりにすると宣言するような表情で。
 その時、今までで一番、まなみに申し訳なかった……特別だと思えなくて悪かった、という気持ちになった。
 しかしそのまま言うのは、まなみにかえって失礼だとさすがに判断がついたので、「そうか」とだけ返した。
 短い反応に、まなみはちらりと目線を上げた。
 「怒らないんだ、御園」
 「……んー、まぁ今さらだろ。気にならないってったら嘘だけど」
 本音だった。面と向かって怒るにはタイミングも時期もずれすぎていると思う。……それに、今まで知らなかったことに対する驚きはあっても、明確な怒りを感じたわけではなかった——逆に、まなみらしいとさえ思ってしまった。
 彩乃がどう思ったのかはもちろん気になるが……なんとなく、結果的には悪い方向に働いてはいないような気がする。楽観的すぎるかも知れないが、彩乃がいまだにその時のことについて何も言ってきていない事実が、少なくとも気分を害したわけではないという証明のように思える。
 引き結ばれていたまなみの口元が、ふと和らぐ。
 「彩乃さんて、きれいな人だよね。……うまくいくといいね」
 ふっ切った、嫌味もこだわりもない口調だった。 だから宏基も素直に「サンキュ」と返した。
 「さてと、いいかげん切り上げて行かないと。あの二人どこに雲隠れしたのかって言われちゃう」
 こちらが聞くより先に、燃えるゴミの袋を両手に「缶とペットボトルは御園、持ってね」と指示するまなみは、完璧にマネージャーの顔になっている。
 その見事さに安心すると同時におかしくなり、宏基はまなみが背中を向けた隙に少しだけ笑った。

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(2)【5】-5:コンサート本番前

 控え室の椅子に座り、彩乃は緊張と闘っていた。
 春らしい暖かい日がしばらく前から続き、昨日の入学式当日は汗ばむほどだった。窓から見える講堂裏の桜もすでに満開であるが、それを眺めるような余裕も今はない。
 あと30分ほどで、新入生歓迎コンサートの本番である。毎年この時期に、新入部員の勧誘を兼ねて開催されるこのコンサートは、秋の大学祭と並び、サークルにとっての二大行事となっている。
 今回の曲目には、各パートに独唱のあるものが選ばれていて、アルトの担当は彩乃だった。
 高校時代は合唱部所属で、サークルに入ってからもパートリーダーを引き受けるほどに打ち込んできた合唱だけに、独唱をまかされたのは嬉しかった。
 舞台度胸はある方だと思っている。事実、昔から本番での失敗には縁がなかったので、ありがちな多少の緊張はむしろ、気が引きしまって良いと彩乃は考えている。今日の独唱にしても、これまで真面目に練習してきたのだし、満足できるレベルに仕上がったはずだからと、そう心配はしていなかった。
 ……落ち着かない原因は、別にあるのだ。

 ——あの時、奈央子には『どうしようかな』と返したものの、本当は、ほぼ答えは決まっていたようなものだった。
 けれどそれを、親友に正確に説明することはできなくて、ともかく『もう冗談とは思っていない』から『ちゃんと真面目に考える』ことを約束するだけにとどめた。
 なぐさめてもらった日から……いや、本当は夏休みのあの日から、考え続けていたことではあった。
宏基への感情がどういう種類のものなのか。
 会う時、話す時に感じる落ち着かなさの理由が何なのか。
 長いこと、文字通り初めて会った時から、弟だと思って接してきた相手である。それなのに今さら、異性として認識して意識するようになるなんて、あり得ないと思っていた。だから久々に会った時の妙な緊張も、予想以上に格好良く成長していた従弟に驚いたからなのだと、そう考えていた。
 考えようとしていただけかも知れない、と今は思う。彩乃にとって宏基は、どんな時でも目下の存在だった。悪い意味ではなく、ごく純粋に。
 そういう相手が、いきなり自分と対等の立場——つまり、この場合は恋愛対象となり得るのに気がついてしまうことが、なにか怖いような……ある種の抵抗みたいな思いがあったのかも知れない。今まで慣れてきた関係が変化することに対しての。
 それに、つい最近まで自覚しなかったものの、心の隅には柊に対する想いが残り続けていた。告白してきた中の誰ともつき合う気持ちにならなかったの
と同じく、宏基に対して特別な感情を抱くことも、無意識に拒んでいたのかも知れなかった。

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