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2009年1月4日 - 2009年1月10日

(2)【2】-1:9月中旬、3年2組

 9月中旬のある日。
 朝のホームルームの時間、県立T高校はどの教室も、普段よりやや落ち着かない雰囲気に満たされていた。先週、2日間に渡って行われた、校内実力試験の結果が出たのである。
 正確に言えば、今日配られたのは試験の成績一覧表だった。各教科の得点に加えて学年全体の個人順位が記されており、予想通りもしくは予想外の自分の順位に、各生徒は否応なく一喜一憂させられているわけである。
 宏基の属する3年2組も例外ではない。
 「なあ、どうだった?」
 前の席から聞いてくるのは、クラスメイトの篠崎である。興味津々なその様子に、宏基は手にした成績表を遠ざけながら答えた。
 「ん——まあまあかな」
 簡潔な答えが気に入らなかったらしく、篠崎は眉を寄せてこちらを見る。宏基は無視して成績表をカバンにさっさとしまおうとしたが、わずかな隙をつかれて奪い取られた。
 あっと思った時にはすでに、4つ折にした成績表は篠崎の手によって広げられていた。一見して「うおー」とわざとらしい驚きの声を上げる。
 「26位!? マジかよ」
 必要以上のリアクションと声量に、周囲の視線が集まる。宏基は顔をしかめた。
 だが篠崎がそのように騒ぐのも無理のないことではあった。
 何の因果か3年間同じクラスで、部活も同じ陸上部である。故に1年からの互いの成績もおおまかに知っていた。二人とも当初は同じレベル——平均点スレスレあたりでうろついていたのだが、1年の終わり頃から宏基の成績は徐々に上昇し始めた。二百数十名の文系全体で百数十位台だったのが、今回の試験では30位以内に入るまでになった。
 それだけ成績を伸ばしてきた背景には、K大合格の目標があることを、今では周囲のほとんどが承知している。近県では5本の指に入る偏差値の高さで知られるK大を第一志望としたことに、最初は無理だと口を揃えていた担任や両親だったが、今は宏基の努力と成果を喜んでいた。勉強嫌いだった宏基がやる気を出してくれた、と彼らには単純に思われているが「やる気」の本当の理由までは当然ながら知らない。
 ……その反面、宏基の周辺の生徒は、大半が理由を正確に知っていた。宏基自身は数人にやむなく話しただけなのだが、勝手に広まってしまったのだ。
 今も、こちらを向いたクラスメイトの表情は様々あれど、いずれも納得ずくの視線であるし、
 「頑張るよなあ御園。……ま、当然っちゃ当然か」
 しみじみと、かつニヤニヤしながら篠崎は言う。

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(2)【2】-2:部活の話

 「うるさいな、返せよ」
 宏基がK大受験を決めて成績が上がり出した頃、あんまりしつこく聞いてくるのでつい彩乃のことを洩らしてしまって以来、こんな調子なのであった。
 「御園、ちょっといい?」
 ——そしてここにも一人。
 「ん? ……なんだよ、大垣」
 成績表を篠崎から取り返し、再び折り畳みながら宏基は顔を上げた。
 声をかけてきたのは、同じクラスかつ元部活仲間の、大垣(おおがき)まなみ。諸事情により、彩乃について宏基が自分から話をした、数少ない人物でもある。
 篠崎が急に笑いを引っ込め、宏基とまなみの顔を交互に見る——やや、恐る恐るといった様子で。周囲の雰囲気も似たような、微妙に張りつめた感じに変化した。
 「今日の部のミーティング、あたしと御園に顔出してほしいって、2年から連絡あったんだけど」
 「え、なんでだよ。とっくに幹部の引き継ぎは済ませてるだろ?」
 「そうだけど、なんかまだ自分たちだけじゃ進行役として不安があるとかって……特に部長がね」
 まなみは大きくため息をついた。確かに、先月引き継いだばかりの新部長は、リーダーシップの強さには欠けるところがある。彼を後任に選んだのは、個性の強い連中が多い2年の中で一番温和だったからなのだが、他の部員に比べて目立った記録を出せていないせいか、肝心なところで引いてしまう一面もあった。
 宏基もつられてため息をつきそうになり、慌てて口を押さえた。そういう人間を新部長に選んだのは他ならぬ自分たちであるから、責任を持たなくてはいけないのは道理だとは思うが……
 「松原もさ、その気になれば言いたいことは言えるくせに、押しがなんか弱いのよねぇ。だから御園の方からハッパかけてやってくれない? ミーティング自体はオブザーバーでいいからさ」
 松原とは、件の新部長のことである。
 「——わかった、出る」
 しばし考えた後、宏基は答えた。途端にまなみが笑顔になる。
 「ほんと? 助かるー。じゃそう伝えとくから」
 言いおいて、まなみは教室を飛び出していった。授業が始まる前に2年の教室まで行くのか、もしくはどこかに隠れてメールを打つつもりだろうと思った。一応、校内では携帯の通話もメールも全面禁止になっている。
 まなみが去って少ししてから、今度は篠崎がふうと息をついた。こちらを、先ほどとは違うふうに意味ありげな目で見ながら、
 「……頑張るよな、大垣も」
 ぼそりと、いろいろ含んだ口調で言った。宏基は「んー」と唸るのみで、それ以上は返さなかった。

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(2)【2】-3:元マネージャー

 まなみは陸上部の元マネージャーである。入部当初から折り紙付きの「世話好きマネージャー」で、1年の頃から同学年のリーダー格だった宏基とは、必然的に話す機会も少なくなかった。
 そんな彼女が宏基に告白してきたのは、去年のバレンタイン前日であった。告白自体も、断った後の理由の問い質しも、実に明快だった。だから宏基も正直に理由を話し、まなみの納得も得た。
 あの御園宏基が年上のイトコに参っている、という噂が広まり始めたのは、その直後ぐらいだ。理由を聞き「わかった」と後腐れのない口調ではっきりと言ったまなみが、故意に広めたとは思わないが、友人の誰にも告白の顛末を話していないわけでもないだろう。
 人の口に戸は立てられないと言うし、自分が噂にされやすい対象であることも、うぬぼれでなく冷静に自覚している。中学時代から何かにつけて手紙やらプレゼントやらを、時には告白付きでもらう日々を続けていれば、自覚せざるを得ないという方が正しかったが——宏基の意識としては。
 さて、まなみが宏基に告白したことも、ほぼ同時進行で周囲の知るところとなった。部内では翌日には全員が承知している有様だった。
 注目を思いきり集めながらも、まなみはいつものように進んで部内の世話を焼いていた。態度が告白前と変わることもなかった。……前にも増して、宏基に相談事を持ちかけるようになったことを除いては。
 一見不自然ではなかったが、時として、幹部に直接話すようなことも先に言ってきたりした。宏基が部長になってからは特に、妙に細かいことにまで気がつき、口を挟むようになった。
 宏基はすぐに気づいたし、他の部員も程度の差はあれ察しているだろうと思う。まなみ本人も気づかれているとわかっているはずだが、何やかやと相談しに来ること、有り体に言えばそれを口実につきまとうことをそれ以来続けている。
 今日の件も、思いきって放っておけば良さそうなものだが、宏基がそういう性格でないことを見越して、わざわざ言ってきたのだと見当はつく。
 そうだとわかっていつつも、部活のこと以外ではそういうあからさまな行動をしないし、一応は元部長の責任も感じるので、あまり突き放すようなことも言えずにいた。
 加えて、まなみがマネージャーとして優秀だったのは確かである。半分はいつもの口実だとしても、あとの半分は本当に、今でも陸上部のことを気にかけているから、言ってきたのだろう。
 それを思うとなおさら、まなみの相談事は拒否できない気分になるのだった。時々、ひどく複雑な思いをさせられながらも。
 いろんな意味で対応しにくい問題だよな、と宏基が思った時、校内に1時間目開始のチャイムが鳴り響いた。

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