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2009年1月11日 - 2009年1月17日

(2)【2】-4:憧れの従姉

 10日ほど後の木曜日、宏基は朝から高校とは逆方向へ出かけた。
 今日は高校の創立記念日で、休日なのである。
 前々から、この日はK大の下見に行こうと思っていた。受験生向けのオープンキャンパスが10月下旬の日曜に開催されるのだが、宏基としては、普段の雰囲気も目にしておきたかった。……それに、もしかしたら彩乃に会えるかも知れない、という期待も少しはあった。
 8月終わりのあの日以来、一度も彩乃とは会っていない。電話すらしていない。会った時に携帯番号は聞いたし、何度かかけようとは思ったのだが……番号を全部プッシュする前に毎回、挫折していた。
 当然だが、宏基なりに意を決しての告白だった。
 しかし、当の本人には『なに冗談言ってんの』と受け流されてしまった。それが思ったよりもショックで、彩乃に連絡を取りたいと考えながらも、しばらくはそれが怖く思えるぐらいだった。
 従姉に、良くも悪くも弟としか思われていないことは知っている。最初に会った時からそうなのだ。
 けれど自分にとっては——初めは確かに姉のようだったと思うけど、小学生になる頃にはすでに憧れの対象で、初恋の相手だった。
 もっとも、そう自覚したのはかなり後のことだ。
 当時は、彩乃が近くに来ると嬉しいのに、同時にやたら気恥ずかしくて、落ち着かない気持ちになるのが何故なのか、わからなかった。それを気づかれたくなくて、話しかけてくる相手に必要以上に憎まれ口を叩いたり、虫嫌いな彩乃にわざと、捕まえた昆虫を放り投げたり近づけたりしていた。
 そうやって何度も従姉を泣かせて、両親には怒られていた。彩乃も警戒して、あまり宏基に近づいてこなくなった。それでも……いや、むしろ余計に、彩乃にちょっかいを出すことはやめなかった。
 自分の照れくささを隠すと同時に、彩乃の気を引きたかったのだと、今では思う。
 自分のやってることは逆効果だと気づいたのは、数年してから——彩乃が中学生になって、会う機会が少なくなり出した頃だ。気を引きたいのなら相手の嫌がることをしていてはダメだと、ようやく認識したのだった。
 それに気づいたとはいえ、じゃあ他にどうすればいいのかと考えても、そこまではわからなかった。
その当時は宏基は小学校高学年で、彩乃への気持ちが恋心なのだと漠然と意識し始めてもいたから、なおさらどう対処していいのかを思いつけなかった。
 会うたびに大人っぽく、きれいになっていく従姉を目にすると、どうしても緊張して口がきけなくなることが2年ぐらいは続いた。彩乃がせっかく話しかけてくれても、満足に会話できないことがほとんどだった。そのたびに自己嫌悪に陥ったものだ。

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(2)【2】-5:彼女にふさわしく

 そんな状態を克服するのには、さらに1年ぐらいかかった。彩乃の近くにいると少なからず緊張するのは変わらなかったが、表面上はなんとか、ごく普通に話せるまでには改善できた。
 ——それから5年近く。昔に比べて会える機会はますます少なくなり、最近1年ほどは特に、彩乃が親戚の集まりに出ることが減ったため(合唱サークルが忙しいとかで)、まともに顔を合わせることもなかった。けれど宏基の気持ちは変わらなかった。
 1ヶ月前、久しぶりに会った従姉は、覚えている以上にきれいな、魅力的な女性になっていた。そして、あらためて彼女が好きだと感じた。
 悩んだ末にK大を受験することにしたのも無駄ではないと思った。彩乃は子供の頃から親戚中で評判になるぐらい勉強ができたけれど、宏基は努力しても辛うじて赤点を取らずに済む程度のレベルで、決して出来が良くはなかった。
 そんな宏基が一念発起してK大合格を目指し、実際に成績を上げてきたのを、大人たちは驚きながらも喜んだ。彼らには合格実現が最終目標だろうが、宏基にとっては目標のための布石にすぎない。
 ——彩乃にふさわしい男になりたくて。
 彼女に、堂々と告白できるだけの自信を持つためにと、ただそれだけを念じている。
 だから実のところ、訪ねていったあの日は、当初はK大受験のことだけを話すつもりだった。彩乃にも宣言して、自分の決意をより固めようと思って。
 けれど彩乃を間近に見て、つい気持ちがはやってしまった。今年に入ってから何度も、従姉の帰省中を狙って実家に電話してみたけれど、いつも間が悪くて留守だった。そう聞くとどうも気が萎えてしまい、後でかけ直させるからと言ってくれる伯母に、またかけるから結構ですと返すことしかできなかった。結局、自分からかけ直したこともなかったのだけど……そのくせ、彩乃に会いたい気持ちだけは自分の予想以上に大きくなっていたらしい。
 ようやく会えて、相手を目の前にして、嬉しさと同時に奇妙な落ち着かなさも感じた。いま言わなければこの先機会がないかも知れないという、予感にも似た焦り。二人きりだったことも、ものすごく緊張はしたけれど、衝動に拍車をかけた。
 その結果があれだ。……やっぱり言うタイミングを間違えたと、すぐに後悔した。
 いや、それよりも先に確認すべきこと——彩乃に恋人がいるのかいないのか、まだ聞いてもいないのだ。自分の彼女になってほしいと心から思うけど、すでに好きな相手がいるのなら話は違ってくる。
 自分ほど、彩乃を好きなことに年季の入ったヤツはいないと自負してはいるが、従姉の気持ちをねじ曲げてまで振り向いてもらおうとは考えていない。
 ——だけどもし、決まった相手がいないのなら。
 なんとかして良い返事をもらいたいとも思った。

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(2)【2】-6:大学の下見

 そのためにはまず、彩乃と対等な立場になること——つまりK大への現役合格である。昔から、成績の話になると、必ずといっていいほど両親は(特に母親は)彩乃を引き合いに出していた。そのせいで宏基も、従姉に認めてもらうには同じだけの学力をつけるのがまず最初だという、強迫観念に近い意識があるのだった。自分がちょっとは見栄えのする外見だとか、陸上で多少は良い記録を残せたこととかは、この場合あまり意味の無いことだとも思っている——などと言ったら、周りからは総スカンをくうのだろうが。
 1時間ほどかけて電車とバスを乗り継ぎ、K大の正門前にたどり着いた。平日の昼間なので当然だが門は開いている。宏基は何食わぬ顔をして学生に混じり、構内へ入った。
 正門を入ると、正面に時計台のある大きな建物が見える。あれがたぶん大学図書館だろう。大学紹介の紙面には必ず写真が使われているほど、K大の象徴的な建物である。その手前には広い芝生があり、学生が思い思いにくつろいだり、バドミントンやフリスビーをしているのが目に入った。
 1万人以上の学生を抱える大学なだけに、さすがに構内は広い。そして樹木や花壇も多いので、歩いていると公園へ散歩にでも来たような気分になってくる。実際、近隣の住民も同じことを考えているようで、どう見ても学生・職員ではなさそうな年配の女性や親子連れと、宏基は数回すれ違った。
 講義用と思われる建物のエリアを一回りした頃、時計台から鐘の音が響き渡った。しばらくして学生があちこちの建物から出てきたところを見ると、講義終了のチャイムらしい。時計を確認すると12時10分過ぎである。これから昼休みなのだろうか。
 そう考えていると、すぐ近くの建物から女子学生が連れ立って出てきた。何気なく二人のうちの一人を見て、思わず息をのむ。
 彩乃だった。
 ……会えればいいなとは思っていたが、それほど偶然に期待していたわけでもない。そもそも、今日ここへ来ることの連絡もしていなかった。やはりまだ少し、思い切ってそうするだけの気合いが出せずにいたのだ。
 嬉しさと恐れがない交ぜになって、結果として宏基の足をその場に引き止める。どうしようと思っているうちに、近くまで歩いてきた彩乃が顔をこちらへと向け、宏基に気づき、目を見開いた。
 「——なにしてんのあんた、こんなとこで」
 呆気にとられた声で言う。宏基は覚悟を決めた。
 「何って、下見だよ。ここの」
 「学校はどうしたのよ」
 「うち、今日は創立記念日で休み」
 「あ……そう」
 拍子抜けしたように言った後、宏基を見上げたまま彩乃は無言になった。思いがけずじっと見つめられて、次に何を言うべきかわからなくなり、宏基も黙ってしまった。
 この反応はまずいなと思いかけた時、横から声がかかった。

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