« 2009年9月13日 - 2009年9月19日 | トップページ | 2009年9月27日 - 2009年10月3日 »

2009年9月20日 - 2009年9月26日

第2章・5

 その時、近くで携帯の鳴る音がした。聞き覚えのない着信音に周りを見回しかけたら、先生が取り出した携帯が発生源だった。
 「もしもし、はい尾上(おのえ)です。お疲れ様で……え? ……わかりました。1時間ぐらいで戻ります」
 早口でしゃべって電話を切り、先生はこちらに向き直る。
 「ごめんね理子ちゃん、急に会社に戻らないといけなくなったから——これで払っといて。おつりは返さなくていいから」
 とわたしに言い、ついで亜紀に会釈してから、荷物を抱えてバタバタと店を出ていった。テーブルの上に残された5千円札をつまみ、亜紀の顔の前でひらひらと掲げてみせる。
 「うわ、先生こんなに置いてっちゃった。確実に2千円以上余るよねえ、どうしよ」
 「ねえ、まさこ」
 わたしの軽口をさえぎり、亜紀が呼びかけた。妙に真面目な顔つきで。
 「……なに?」
 「あの先生ってさ、今でも茉莉絵さんと付き合ってるんでしょ」
 「そうだよ? なんで今さら」
 「それでも、まだ好きなの」
 次の答えを口にするには、少し間が必要だった。息を深く吸い込む。
 「——そうだよ」
 「けど、一度はあきらめたって言ったじゃない」
 亜紀の言う通りだ。二人が付き合い始めてすぐの頃、一度はあきらめた。祐太先生が姉をどれだけ好きか——それこそ、心の底から崇拝しているのは、嫌でもわかったから。けれど。
 この4年間、決して茉莉ちゃんを呼び捨てにしないでいる、先生の中にある距離感。
 正面切って反対したりはしないけど、うちの両親は最初から先生を、茉莉ちゃんにはふさわしくない相手だと思っている。先生が就職してからは、その考えをかなりあからさまに表に出すようになった。
 先生は辛抱強く耐えているものの、うちに来る回数は、学生時代と比べると格段に少なくなった。
 茉莉ちゃんはと言えば、両親の態度には気づいているけど、特に強くとがめるわけでもない。自分が認めているのだから、他の人がどう思おうと気にする必要なんかない、というスタンスでいるらしかった。何事につけてもそういう人で、確かに一理あるのだけど、誰もが茉莉ちゃんと同じレベルで考えられるわけじゃないということには気づいていない。
 そもそも茉莉ちゃんは、悪意や皮肉や嫌味などとはほぼ無縁で過ごしてきた、例外的な人だ。だから負の感情を持たずにいられる代わりに、そういう感情を自分に向けられる辛さを本当にわかることは、たぶんできない。
 茉莉ちゃんに悪気がない分、こちらは何も言えなくて、余計にストレスが増すのだ。身近にいるからこそ感じる、息苦しさと居心地悪さ。
 ——きっと、わたしと祐太先生にしかわからない気持ち。

| | コメント (0)

« 2009年9月13日 - 2009年9月19日 | トップページ | 2009年9月27日 - 2009年10月3日 »