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2009年1月18日 - 2009年1月24日

(2)【2】-7:従姉の親友

 「ねえ彩乃、彼が宏基くん?」
 彩乃の連れの女子学生だった。あからさまではないが、こちらに向ける視線にはいくらかの好奇心が含まれている。不本意ながら慣れているので、その点はさほど気にしなかった。
 彩乃がはっと気づき、友人に顔を振り向ける。
 「あ、うん、そう。……えーと、同じ学科の友達」
 後半は宏基に向けて彩乃は言った。女子学生がにこりと笑い、宏基に会釈する。
 「はじめまして、沢辺奈央子です」
 「あ、どうも——」
 挨拶を返しながら、宏基は驚きを押し隠す。
 彼女の名前には聞き覚えがあった。8月に彩乃と会った時、どういう流れだったかは忘れたが、従姉が親友とその彼氏のことを話題にしたのだ。「美人ですごくいい子」だという親友の名前を、話の始めに彩乃は一度だけ口にしていた。
 なるほど、宏基の目から見てもかなりの美人だ。昔から大人びて見える彩乃と比べると、奈央子にはまだ高校生でも通りそうなあどけない雰囲気があった。だからと言って子供っぽいわけでもない。いま宏基に見せたような笑顔を向けられたら、たいていの男は多かれ少なかれ、自然に彼女に惹かれるだろうと思った。
 ——ピリリリ、と携帯の着信音がした。宏基のものとは違う。どこで鳴っているのかと見回した時、奈央子が自分の荷物から携帯を取り出した。彩乃と宏基に謝るように片手を上げながら、電話に出る。
 「もしもし——今? 彩乃と四号館の近くにいるけど……ええ?」
 顔に似合わぬ妙な声をいきなり発し、奈央子は眉を寄せた。
 「あんた何言ってんのよ今さら……そりゃやってるけど。だからって——あーはいはいはい、わかったわよ。じゃ教室行くから待ってて」
 ふう、と通話を切りながらため息をついた奈央子に、「どうしたの?」と彩乃が尋ねた。
 「柊なんだけどね、語学の課題やってなかったって言うのよ」
 「語学って、もしかして次の?」
 「そう、次のドイツ語。あれだけ忘れずにやれって言ったのに、まったく——」
 その後にもぶつぶつと文句が続いていたが、実際には口にしているほど怒っていないのではないか、と宏基は思った。奈央子の口調が、相手を困ったヤツだと思いながらも、相手のそういうところも含めて放っておけない、というふうに聞こえたからだ。
 たぶん今の電話の相手が、彩乃曰く「幼なじみの彼氏」なのだろう。

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(2)【2】-8:無表情の理由

 「頼られてるねぇ、相変わらず」
 「違うって、単に面倒でやらないだけなのよあいつは……とにかく急がなきゃ。話の途中でごめんね」
 「いいよ別に。早く行ってあげなって」
 「うん、じゃあまた」
 律儀に宏基に向かっても手を振り、分かれ道の左へ行きかけた奈央子が、くるりと反転して逆方向に走り出した。一瞬きょとんとした彩乃が「あー」と納得したように呟くのが聞こえた。
 「なに?」
 「いや、あの子の次の講義は向こうの建物なんだけどね……たぶん彼氏の昼ごはん買いにあっちの売店行くんだろうなって思って」
「向こう」で左を、「あっち」で右を指しながら彩乃が説明する。なるほどと頷きながら宏基は振り返り、彩乃を見て「?」と思った。
 奈央子が走っていった方向を向いたまま、どこかもっと遠くを見るような目をしている。そして、先ほどまではあった微笑が消えていて、完全な無表情の状態だった。
 ……最初に奈央子たちの話を聞かされた時にも、途中でこんな顔をしていたような気がする。
 「彩姉?」
 その呼びかけに、彩乃はびくっと肩を震わせた。
 「——あ、うん、そうなの。奈央子ってものすごくよく気がつくし、いい子なのよねぇ。それにあんな可愛らしい美人だし」
 何も聞いていないのに早口で彩乃は話す。その様子に、親友かその彼氏(もしくは両方)に対して、何かしらのこだわりがあるらしいと宏基は察した。
 「……まあ、確かにあの人は美人だけどさ」
 「でしょう?」と言う彩乃に対し、
 「けど俺は、彩姉の方が可愛いと思うよ」
 そう言葉を続けていた。本当の気持ちであるが、口に出していたと気づいた時には、すさまじく恥ずかしくなった。
 しかし反応は彩乃の方が早かった。宏基の言葉に目を丸くした直後、ぱっと頬を染めたのだ。すぐに宏基から顔をそむけたので、こちらが赤くなったところは見られずにすんだ……と思う。
 何か言い返そうと考えているのだろうが、彩乃は無言で斜め下を見つめたまま、赤みの消えない頬に手を当てていた。そうしているうちに、今度は急に唇を震わせ始めた。どうやら笑いをこらえているらしいと宏基が思った時、
 「学食行こうか。あたしがおごるから」
 顔を上げて彩乃が言った。普通の口調で言おうとしているようだが、端々に嬉しそうな響きが感じられる。表情も先ほどとは打って変わって、明るい笑顔になりつつあった。
 一応、さっきの言葉は彩乃を喜ばせたらしい。だが宏基の前で開けっぴろげに嬉しがるのは、照れくさいからか、一生懸命抑えようとしているのだろうか。
 歩き出す彩乃についていきながら、宏基は、そういう従姉をあらためて可愛いなと感じた。

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(2)【3】-1:オープンキャンパス当日

 ……どこかから見られている気がする。
 今日何度目かの気配に、彩乃は周囲を見回した。
 数百人が着席できる大講義室では、文学部教授による模擬講義が先ほど終わったところだ。参加者が順次席を立ち、学生の誘導にしたがって出口から外へと向かっている。
 10月下旬の晴れた日曜、K大では受験生を対象としたオープンキャンパスが開催されていた。各所で入試説明会や教員・在学生による講演会などが行われる中、多くの高校生が、そして保護者か学校の先生らしき人々も来訪している。
 彩乃は、模擬講義参加者の案内・誘導役に狩り出されていた。講義を行うのが演習の担当教授で、どうしても必要な人数が集まらないから手伝ってほしい、と数日前の演習の時間に頼まれたのだ。他の学生にも声をかけたが、皆それぞれ予定があって断られたという。
 そこまで言われてしまうと、手伝えませんとは言えなかった。幸か不幸かたまたまサークルの練習もバイトも休みの日で、断る口実もなかったのだ。
 ——目の前を通る高校生を誘導しながら、彩乃は気配の出どころを探す。こちらに向いている視線はいくつかあれど、自分を見ているのかどうかの判断はできなかった。
 今朝から何度も、同じような気配を感じて落ち着かない……というより、ちょっと気味が悪かった。近づいてくればまだ対処のしようもあるかなと思うが、本当にただ見ているだけという感じは逆に不安になる。相手の正体も意図もわからない状況では。
 いっそ気のせいであってくれればいいのだけど、そう割り切るには回数が多かった——加えて、辺りを見回すたびに、必ず目に入る人物がいるのだ。今も、誘導される順番を待つ参加者の中に姿がある。
 その、高校生らしき女の子に気づいたのは、気配を感じた3度目か4度目かだった。見つけた時には視線をこちらに向けていないものの、彩乃から遠からず近からずといった場所に必ずいた。偶然と考えるには連続しすぎているのだが、明らかに知らない子なので、彼女が視線の主だとしても、その理由は全く見当がつかない。
 一日中そのことを考えながら過ごしていたので、誘導と会場の後片付けが終わった頃には、必要以上に疲労を感じた。教授や他の学生は、6時頃にもう一度集まって飲みに行こうかと話していたが、彩乃は遠慮することにして一足先に控え室を出た。
 まだ4時前だったが、空はすでに夕方の色になりつつある。暗くなる前に買い物して帰れるかな、と夕食の内容などを考えかけた時、声をかけられた。

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