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2009年11月8日 - 2009年11月14日

第3章・3

 ……もしかして、想像以上に深刻な話なんだろうか? 急かしてしまったことを、わたしはたちまち後悔した。
 その気持ちが顔にも出たのかも知れない。わたしを見て先生は、今度はバツの悪そうな笑みを浮かべる。そうして「ごめん。確かにそうだよね」と謝りさえしてくれた。わたしは慌てて首を振る。
 「ううん、わたしこそごめんなさい。先生が話すタイミングはかってるのわかってて、急かすようなこと言って」
 「いや、理子ちゃんに来てもらったのはこっちなんだから。……実はね、転勤の話があるんだ」
 「え、転勤?」
 「そう、△△にある営業所に。まだ内示の段階なんだけど」
 祐太先生が口にした地名は、わたしにとってはなじみのない、だけど新幹線でも2時間以上かかることは知っている場所。つまり、このあたりから通える距離ではない。
 「……でも、普通断れないんでしょ、そういう話が出たら」
 「そうだね、家族に行けない理由があっても、よっぽどの事情でない限りは単身赴任させられるだろうし——」
 まだ続けるつもりだっただろう言葉の先を、先生は飲み込むように口を閉ざして止めた。
 けれどなんとなく想像はつく。先生は独身だし、離れて暮らすご両親はまだ現役で働いていると聞いたことがある。転勤を断れるだけの理由はどこにもない、ということだろう。
 予想した形と違うとはいえ、先生が遠くへ行ってしまう。確定したその事実にしばらく呆然として、言葉が出てこなかった。先生もあれきり何も言わない。沈黙が、少しずつ重くなる。
 「…………じゃあ、茉莉ちゃんとはこれからどうするの。遠距離恋愛になるの?」
 ようやくそう聞けたのは、何分後だっただろう。
 「それとも、一緒に来てほしいって言うの?」
 とのわたしの問いに、先生は「まさか」と間髪入れずに首を振った。わたしはすかさず反駁した。
 「なんで? そういう話になったって不自然じゃないでしょ、4年も付き合ってるんだから」
 自分で驚くような、強い調子の言い方になった。先生は苦い表情のままで、口を歪める。
 「そうかも知れないけど、でも時期が悪いよ。茉莉さんに、就職して1年も経たないのに辞めろって言うのと同じことだろう。そんなことさせられないし……させる権利もないし」
 言いながら、先生はだんだんうつむいて、最後の方は一人言みたいに小さくなる。
 複雑な気持ちになった。同じことをわたしも当然考えていたし、先生が強引に「ついてこい」と言える人じゃないのもわかっている。
 仮に言えたとしても、茉莉ちゃんはともかく、うちの両親は承知しないだろう。新卒で入れた優良企業を、茉莉ちゃん自身の意思でない理由で辞めさせるなんて、許すはずがない。先生もきっとそう考えているから、なおさら言えるわけがないと思うのだろう。その気持ちもよくわかる。


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