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2009年11月22日 - 2009年11月28日

第3章・4

 「確かに、うちの親はまたうるさく言うだろうけど……じゃあ、茉莉ちゃんにもまだ話してないんだ」
 「うん。もちろん、近いうちにちゃんと話はするけど。その前に気持ちを落ち着けたいと思って」
 だから、わたしに先に話したのだ。茉莉ちゃんに対する時の、予行演習の意味をこめて。
 「ほんとにごめんね、こんなことに付き合わせたりして」
 「ううん、全然。で、ちょっとは落ち着けた?」
 「少しだけ、ね」
 「なら、いいよ。わたしで役に立てたんなら」
 それは本心だった。たとえ練習台としてでも、先生の助けになれたのなら——理由はどうあれ、一番最初にわたしに話してくれた事実が、嬉しかった。

 けれど、ささやかな喜びも長くは続かない。先生の転勤はほぼ確実なことで、根本的には問題が山積みなのだ。
 同じ週の土曜日、半日出勤の後に先生と会う約束をしていた茉莉ちゃんは、当然ながら転勤について聞かされたらしい。そうと確定したのは帰ってきてすぐ、夕食の時に両親に話したからで、でなければ「もしかして何も聞かなかったのか」としばらくは疑い続けたに違いない。
 それぐらい、帰ってきた時の姉はいつも通りで、聞いた瞬間にどう思ったにせよ、動揺などの名残りは全く見られなかった。
 両親に話をした際も同じで、その分というか代わりにというか、両親の方が大げさに反応した。身も蓋もなく言えば、急に機嫌が良くなった。
 「まあそうなの、これから大変ね」と言う母は、気遣いの言葉とは裏腹に嬉しさを隠しきれないといった口ぶり。母の言葉にうなずく父も、何も言わないけど表情は抑えられていない。
 「で、いつ転勤になるの」
 「たぶん、来年の春になるみたい。それで、できたら今月中にうちに挨拶に来たいって」
 「——挨拶? なんの」
 「今までのお礼を兼ねてお別れのご挨拶をしたい、って言ってたわ。これからしばらくうちに来られなくなるから」
 「あら。そんなこと別にいいのに」
 母の受け答えは実にあからさまで、言葉の裏で何を考えているのかすぐわかる。ひとつ前の質問は、「挨拶=結婚の許しを得に来る」と思ったからに違いなく、かなり不機嫌そうな声音だった。そして、茉莉ちゃんの答えを受けてのさっきの発言では、180度違うご機嫌ぶり。

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第3章・5

 我が親ながら、これだけ遠慮せずに今の気持ちをアピールしているのは、いっそ見事だと言わざるを得ない。そんな母に気づいていないわけはなく、けれど気づかないふりで微笑み続けている茉莉ちゃんも、今さらながら凡人ではないなと思う。
 「ところでね、茉莉絵。いいお話があるんだけど」
 と、ご機嫌さをますます強めた母がどこからか取り出したのは、どう見てもお見合い写真だった。
 これまでも当然、それこそ茉莉ちゃんが学生の頃から、何度もそういう話は持ち込まれていた。でも茉莉ちゃん当人が応じたことは一度もなくて、だからここ1年ぐらいは話に出ることもなかったのだけど、ひそかに来ていたらしい。
 よほどさっきの話が気に入ったらしく、母は満面の笑みを浮かべている。前に見たのは茉莉ちゃんの入社日だ。……にしても、祐太先生と別れる、なんてことは一言も言っていないのに。
 「お母さん、別に、祐太くんとつきあわなくなるわけじゃないのよ」
 茉莉ちゃんの言葉にも「あら、そうだった?」と母はしらばくれる。そして早口で続けた。
 「いいじゃない、会うだけなら。ぜひにって仰ってくださってるから申し訳ないし、それにこの先、何があるかわからないでしょう?」
 聞きようによっては不吉なことを(母にとっては逆だろうけど)さらりと口にし、茉莉ちゃんに向かって写真を開いてみせる。わたしが見ても先生より見栄えがする人なのは確かだった。さらに省庁勤めの国家公務員とあっては、母が熱心に薦めるのも無理はない。
 しきりに求められる同意に父が相づちを打つ中、母の説明は機関銃のような勢いで続く。それが一段落するまで茉莉ちゃんは沈黙と微笑みを保ち、母が「どうかしら?」と尋ねると、間髪入れず答えた。
 「素晴らしい人ね。でも、やっぱりお断りしておいて。会った直後に断る方が、よっぽど失礼だもの」
 「茉莉絵、よく考えなさい。今がいい機会なんだから——」
 「お母さんが言いにくいのなら、私が直接、寛子(ひろこ)伯母さんに言うけど?」
 あくまでも母の言葉の毒に気づかないそぶりで、茉莉ちゃんは笑みを深くした。母も父も、この笑顔を見せられるとどんな時でも、口を半開きにして固まってしまう。今も同じで、そして、たぶんわたしもそうなっているんだろう。
 文字通り無敵の微笑みを浮かべたまま、茉莉ちゃんは食事を終えて席を立った。「伯母さんには電話しておくわね」とさりげない調子で言い残して。

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