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2009年1月25日 - 2009年1月31日

(2)【3】-2:従弟の同級生

 振り向いた先、大講義室のある二号館の出入り口の近くに、一人の女の子。彼女の服装に彩乃はすぐに思い当たった。今日一日、何度も見かけた女子高生であることに。
「瀬尾彩乃さんですよね?」と確認形で尋ねられ、思わず身構えた。しかし相手が「あた——わたし、御園くんの同級生で、大垣まなみっていいます」と続けたので、いくぶん警戒を解いた。
 とはいえ、すぐに違う疑問が湧き上がってくる。
 (宏基の同級生がなんでここに?)
 順当に考えればオープンキャンパスへの参加だろうし、実際そうなのだろうけど、なんとなく彼女が一人でいることに違和感を覚えた。ふと思いついて尋ねる。
 「もしかして、宏基と一緒に来てる?」
 「いいえ、わたし一人です」
 まなみの返答は素早く明快だった。彩乃も、聞いてはみたものの、宏基が来ていないはずというのはわかっていた。本人が「その日は模試を受けに行くから」と前々から言っていたからだ。
 1ヶ月前のあの日以降、宏基は時々電話をかけてくるようになった。たいていは週末で、大学のことを中心に10分か15分ほど話す。一度会話に割り込んできた叔母が(どういう状況でか、宏基の携帯を横から奪い取ったらしい)、最近は別人みたいに成績が良くなってねぇと嬉しげに話していたから、勉強の方もずいぶん頑張っているらしい。
 まなみはこちらをまっすぐに見据えている。そのやけに真剣な、かつ戦闘態勢のような雰囲気から、彼女は宏基が好きなのだなと感じた。そして、もしかしたら、宏基が彩乃に対して「告白めいた発言」をしたことも聞いたのかも知れないと。
 「あの、少しだけ時間いいですか。お話したいことが——御園くんのことで」
 正直、彩乃は気が進まなかった。朝からの執拗な視線は彼女だったのだろうかと思うと、あまり愉快でないことを言われそうな気がしたからだ——けれど、まなみが思い違いをしているのなら、それを正しておきたいという思いもあった。
 「少しならいいけど……喫茶店にでも行く?」
 「いえ、そのへんでいいです。すぐ済みますから」
 まなみが「そのへん」と言いながら指したのは、建物を出て少し先にある木製のベンチだった。
 陽はだいぶ傾いていたが、沈むまでにはまだしばらく間があるだろう。示されるままに彩乃は、まなみと並んでベンチに腰を下ろす。
 「わたし、御園くんが好きなんです」
 座るやいなや、まなみは言った。けど、と間髪入れずに続ける。
 「あいつ——御園くんは、あなたのことが好きだからわたしとは付き合えないって言いました。瀬尾さんはどう思ってるんですか、彼のこと」

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(2)【3】-3:彼女の言い分

 一息に言いきられた内容は、ほぼ彩乃の予想通りだった。まなみはちょっと見にも快活そうで、可愛らしい子である。こういう子が、しかも1人や2人じゃない人数が宏基にアプローチしているのだろうな……と思うと、落ち着かない気分になった。その理由を考える前に、彩乃は口を開く。
 「どうって、普通に従弟だと思ってるけど」
 「普通に? ……つまり、異性として意識してないってことですか」
 「意識もなにも——宏基は弟みたいなもんだから」
 「ほんとに全然、それ以外に考えてみたことはないんですか?」
 まなみは問いつめてくる。その迫力に気圧されながらも、彩乃は答えるべきことを答えた。
 「ないわよ。だって考えようもないし……確かに、彼女になってほしいとか一度は言われたけど、あれはたぶんなにか勘違いしてるんだろうと思うから。もうちょっと思い込みが冷めたら、周りに可愛い子がいっぱいいることに宏基も気づくだろうしね」
 そう彩乃が言い終えると、まなみは急に顔をうつむけてしまった。何事か考えている様子に「どうしたの」と声をかけようとした時、
 「そんなの、御園くんがかわいそうです」
 彩乃を振り仰ぎ、怒ったような声でまなみは言った。
 「え……?」
 思っていたのと全く逆の流れに、彩乃は戸惑う。
 まなみは、彩乃が宏基を特別に見ていないと聞いて、安心するのではなく怒っている。どういうことかと思う間もなく、まなみが言いつのった。
 「だって、あいつはあんなに瀬尾さんが好きなのに——わたしが告白した時、わたしだけじゃなくて、彩姉以外の誰ともつき合う気はないって、そう言ったんですよ。それでもわたしは諦めたくなくて、もう1年以上頑張ってるけど……でもダメなんです。他にもあいつを好きな子はいっぱいいるけど、みんな同じように断られるって……それぐらい瀬尾さんが好きなんですよ?」
 いったん言葉を切り、
 「なのに、肝心の瀬尾さんがそんなんじゃ、あいつが報われないじゃないですか」
 そう続けたまなみの声は震えている。泣き出しそうにも聞こえた。
 「もっと真面目に考えてあげてください。できたら好きになってほしいけど、どうしてもダメならせめて、ちゃんと正面から振ってあげてください。わたしが言いたいのはそれだけです」
 そこまで言うなり唇を噛んで、まなみは立ち上がった。早足で去ろうとするのを彩乃は呼び止める。しかし言うべきことがまとまっているわけでもなかったので、困ってしまった。

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(2)【3】-4:わからない気持ち

 しばし考えた後、
 「……えーと、どうしてあたしのこと知ってたの? 名前はともかく顔とか、今日のこととか」
 最初に気になっていたことを口に出す。まなみは半分だけ顔を振り向かせて答えた。
 「——友達のお姉ちゃんに同じ女子高だった人がいたから、卒業アルバム見せてもらいました。今日は単純に見学に来ただけで、見つけたのは偶然です」
 感情を抑えた声で言って、今度こそまなみは足早にその場を離れていく。
 彼女の後ろ姿が視界から消えても、彩乃はしばらくベンチに座ったままでいた。あたりが薄暗くなってきた頃にようやく立ち上がり、正門へと向かって歩き始めた。
 ……まなみの言ったことが、どうにも飲み込めなかった。つまり、宏基が本気だということが。
 8月のあの日以来、それらしいことは一度も言われていない。あれは冗談ではないのかもと確かに少しは思いもしたけど、彩乃が受け流してしまった後は何も言わなかったし、その後も……先月会った時だって、何事もなかったみたいに平然とした顔をしていたのに。
 そこまで考えると、ついでに宏基に言われた言葉まで思い出してしまい、顔に血がのぼってきた。
 奈央子のように多くはないものの、告白されたことは何度かある。結果的には全員断ってきて、誰ともつき合ったことはないのだが——その数回のどれよりも、宏基に可愛いと言われた時の方がドキドキした。異性に面と向かってそう言われたのは、実は初めてだった。
 あの時は確かに嬉しかった。自分が美人だとうぬぼれたことはないが、周りの目線は奈央子の方に集中するのが当たり前になっていて……そのことが、女として全然気にならなかったと言えば嘘になる。
 けれど彩乃は本当に奈央子が好きだし、奈央子もそういうことを全く鼻にかけない性格だから、自分がコンプレックスみたいに感じているのはバカみたいだと思い、普段は考えないように——忘れるようにしている。
 宏基の言葉は、まるでそれを察して言ったかのようにも聞こえた。あの言い方は、彩乃の自尊心を的確なポイントで刺激してくれたのだ。
 しかし相変わらず、それ以降に変化があるわけでもない。急に電話してくるようになったとはいえ、話す内容は受験とか大学のことがほとんどである。向こうが何も言わないのに、こちらから、あの発言はどういうつもりだったのかとか切り出すのは難しかった。一番最後に話した昨夜も、結局はいつもの話題に終始していたし、今日の手伝いに彩乃が行くことを話しても、宏基は『そうなんだ』と言っていただけだった。
 正直、よくわからない——宏基の気持ちも、自分自身がどう考えているのかも。
 ……自分は、どうしたいのだろうか。

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