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2009年12月6日 - 2009年12月12日

第4章・2

 確かに、姉ならそう言うだろう。感情にまかせてものを言う人ではないのは充分わかっている。けれど……
 先生の気持ちを考えるなら、無理をおしてでも付いていくと言ってあげるべきではないのか。
 わたしなら、という反発心が起こるのはどうしようもなかった。先生にそう言われたら付いていく、わたしなら絶対に。
 代わりに言ってあげたいぐらいだったけど、わたしでは意味がない。それぐらい心得ている。
 だから、別のことを提案した。
 「じゃあ、わたしが説得してみよっか」
 「えっ」
 「……難しい、かも知れないけど。でも茉莉ちゃんだって祐太先生と気持ちは同じだと思う。うちの親が何言ったって、別れるとは言わないんだから」
 入ったばかりの会社を辞めるのは、確かに難しいことかも知れない。けれどそれはそれとして、できるなら付いていきたい気持ちは、絶対にあると思う——そうでなければおかしい。
 「だからね、大船に乗ったつもりで、とは言えないけど。でも茉莉ちゃん、わたしの頼みは結構聞いてくれるから、ちょっとは期待度、上げてもらってもいいかも」
 わたしが努めて明るく言う間、先生は「でも」とか「そんなの悪いよ」とか、小さな声で繰り返していた。けれど本心ではわたしの提案に望みをつなぎたいのだと、申し訳なさそうにこちらを見る目の色でわかった。
 無理かも知れない、と思っていても頼らずにはいられない。わたしも先生も、茉莉ちゃんの頑固さ、強情さはよく知っている。それでも、目の前にある先生の願いを退けることは、わたしには到底できなかった。

 その夜、茉莉ちゃんはずいぶん遅く、日付が変わる頃に帰ってきた。翌日は1限から講義だけど、起きて待っていた。
 出迎えたわたしを見て、茉莉ちゃんはかなり驚いた顔をした。これだけはっきりと表情に出すのはめずらしい。あるいは、わたしの顔を見た瞬間に何かを察したのかも、と考えた。
 たぶん、そうなんだろう。話を切り出した時にはもう、驚きの余韻はなかったから。

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第4章・3

 「……仕事、辞めるわけにいかないって迷うのはわかるよ。でもそれならそれで、早くはっきり返事するべきじゃないの。付いてくなら付いてく、できないならできないって」
 「そんな、単純に答えられることじゃないのよ、まあちゃん」
 それまで黙って聞いていた姉の発言に、わたしはひどくムッとした。諭すような言い方はいつもと変わりはないのに、この時はやけに癇に障ったのだ。
 「じゃあ何? 父さんと母さんのこと? あの人たちはいつもああだし、茉莉ちゃんいつだって気にしたことないじゃない」
 「……そうでもないわよ」
 少しの沈黙ののち、かすかに困った目をして向けられて、わたしは呆然とした。
 いきなり、とんでもない裏切りに遭ったような心地を覚える。
 先生との付き合いに関して両親が何を言っても、茉莉ちゃんは聞き流して泰然としていた。
 だからこそ、安心していられたのだ。少なくとも茉莉ちゃんは、両親の横槍に負けて先生と別れたりはしないとーーその落ち着きぶりを時に煙たく思うことはあったとしても。
 その確信が、確信でなくなってしまったら、同時にいろんなことが信じられなくなる。
 「ーーそんな言い方、先生がかわいそうだよ」
 わたしの呟きに、姉は首をかしげた。「私だって悩む時もあるのよ」という言葉は、耳に入りながらもそのまま通り過ぎていく。
 先生がかわいそう、とわたしの口は繰り返す。姉の気持ちが不安定なものになってしまったら、先生は何を信じたらいいのか。何を拠り所にすればいいのか。
 「先生は、茉莉ちゃんのことすごく好きなのに」
 「私だって同じよ。でもね、それだけで全部、なにもかも解決できるわけじゃないの」
 心臓をえぐられたように感じた。よりによって、姉からそんなことを言われるなんてーーわたしが誰より好きな人を、わたしより後に出会っておきながら、手に入れた人が。
 好きなだけではどうにもならない。とっくにわかっていた、思い知らされていたことを、この人にあらためて突きつけられる。なんて皮肉で残酷な状況だろう。

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