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2009年12月13日 - 2009年12月19日

第4章・4

 暗く重い、それでいて激しいエネルギーをあふれさせる塊が、胸の底に沈んでいく。悔しさなのか、腹立たしさか……あるいは、マイナスの感情全部が入り交じったものなのか。それが、じわじわとわたしを侵食し始めているのが今、はっきりと感じられた。
 「……そうだね、それに、わたしが口出しすることじゃなかった」
 「まあちゃん?」
 「いいよもう。茉莉ちゃんの思うようにすれば」
 自分の予想以上に平坦な、抑揚のない声が出た。感情を抑えるためにそうなったのではなく、今現在の感情そのままの声だった。
 おやすみ、と言いながら立ち上がり、隣の自分の部屋へ戻る。ずっと視線を落としていたから、茉莉ちゃんがどんな表情をしていたかはわからない。けれど部屋を出るまで、視線を向けられていることは強く意識していた。

 数日後。
 「そっか、やっぱりね」
 わたしの話を聞いても、先生はたいしてショックを受けていないようだった。少なくとも表面上は。きっと、あの日から今日会う直前まで、その予想を何度もしていたに違いない。
 「ごめんなさい、大きなこと言っといてわたし、何にも役に立てなくて」
 「いや、理子ちゃんがそんな顔しなくていいよ。これは僕らの問題なんだから」
 先生はなぐさめで言ったつもりだろう。けれど、わたしにとっては突き刺さる台詞だったーーわたしにはしょせん関係ない、わたしがどうにかできることではない、そう宣言されたような気がして。
 過剰に反応しすぎだと理性は告げている。けれど感情は、いったん傾くとそちらへどんどん引きずられて、すでに戻りようがなくなっていた。
 ……限界が近づいている。
 それに耐えられるだけの力がわたしにはもう残っていないことも、感じざるを得なかった。
 先生が好きなのはわたしじゃない。
 それがわかっていても、自分でももてあます時があっても、気持ちは消えてくれなかった。
 どれだけ目をそらしても、目を閉じて見ないようにしても、必ずそこに……わたしの最も近いところにある想い。何年経とうと変わらず存在していて、忘れることも、消すこともできない。
 先に出会って、先に好きになったのはわたしなのにーーわたしなら絶対、迷ったりしないのに。
 4年の間言いたくて言えずにきた言葉と、今すぐにでも口にしたくてたまらない言葉。
 食事をしながらも、頭の中は絶えず、同じ思いに占められていた。結果的に自分からはほとんどしゃべらなかったわたしを、先生は気遣うように見ていた。
 「ごめんね、余計なこと頼んじゃったよね。迷惑かけちゃって……」
 帰り道を送ってくれる最中も、本当に申し訳なさそうな声と顔で、何度もそう言う。それを聞くのも見るのも、辛くてしかたなかった。
 余計だとか迷惑だとか、そんなふうには爪の先ほども思わない。ただ、先生の役に立てなかったことが悲しくて、茉莉ちゃんの態度が腹立たしくて……自分の無力さが悔しいだけ。

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第4章・5

 どんな時でも先生は、わたしの前ではできるだけ笑おうと努める。今だってそうだ。やり場のない、辛い気持ちでいるのは明らかなのに。
 わたしにはこれ以上、何もできないのだろうか。できることなら何だってするのに……少しでも先生を、なぐさめてあげられるのなら。
 家に、少しずつ近づいている。それに比例して心はせき立てられ、逸った。
 今までに先生に呼び出された時と同じように、今日は、講義の後は友達と食事に行くと言ってある。終電がなくなるほど遅くなるのでない限り、帰りが何時でも両親は何も言わない。……今は、まだ8時にもなっていない。
 最寄り駅から家へ向かう途中の道。急に足を止めたわたしに、先生はすぐには気づかなかった。何歩か先へ行ってからやっと振り返り、何秒かの沈黙の後「どうかした?」と言いながら引き返してきた。
 一番近くの電柱の照明は、しばらく前から蛍光灯が切れかかっていて、今は残り火のような光も点滅を繰り返している状態。周りの家々も、半分ぐらいは留守なのか、室内から明かりは漏れていない。
 加えて空が曇っているから、わたしの立ち止まったあたりはかなり暗かった。
 先生がすぐ前まで来るのを見計らって、わたしはさらに一歩前に踏み出し、先生のスーツの袖をつかんだ。
 半ば胸に飛び込むような形になり、見上げた先生は驚きに目を見開いて、口をぽかんと開けたまま、固まっている。
 彼女になってあげようか、と言ったことは何度もあるけど、冗談ぽくであっても、今ほどに物理的な距離を縮めたことはなかった。
 スーツの袖の上から、腕をさらに強くつかむ。
 先生の目に今どう映っているのかはわからない。が、少なくともわたし自身は今までで一番真剣で、そして切実な気持ちでいた。
 「……彼女にしてほしい、って言ったらやっぱり冗談だと思う? 先生」
 「理子ちゃん」
 「いいの、わかってる。わたしのこと、そんなふうに思えないことは」
 今でも親切にしてくれるのは、元生徒で、好きな人の妹だから。
 「それでもいい。……けど、あの人が先生を悲しませるのなら、わたしがいくらでも償う。いつでもなぐさめてあげる。先生がしてほしい方法で」
 先生は背が高いからやせて見える。けれど抱きついた胸は、充分に広かった。
 男の人なんだと、頭だけでなく初めて全身で実感した。——わたしのことも女だと意識してほしい。茉莉ちゃんの代わりでいいから、今は抱きしめてほしい——
 強くしがみついたその想いが、伝わったのかどうか。わからないけれど、先生は抱き返してくれた。最初はおそるおそる、ためらいがちに。次第に力を込めて。

 唇が下りてきたその時、わたしは確かに、暗い喜びを感じた。

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