« 2009年1月25日 - 2009年1月31日 | トップページ | 2009年2月8日 - 2009年2月14日 »

2009年2月1日 - 2009年2月7日

(2)【3】-5:1月のある日

 奈央子に話してみても、同じように言われた。
 『結局、彩乃はどうしたいの?』
 親友のその問いに、彩乃ははっきりと答えられなかった。本当に、どうしたいのか——これからどうするのか。
 『はっきり聞いてみればいいじゃない。彩乃らしくないよ』
 とも言われた。自分でもその通りだと思う。どう考えても、自分らしくない。
 なのにいまだに聞けずにいる……宏基の同級生と話をした日から、もう2ヶ月は過ぎたというのに。
 その間、何も考えなかったわけでは当然ない。というよりも、意識しつつあることをかなり自覚はしている。週末の電話は続いていて、近頃はそれを心待ちにしている自分がいるのもわかっていた。たまにいつもより時間が遅いと気になって、こちらからかけてみようかと思うぐらいだ。
 けれど宏基は相変わらずだった。他の話題は普通に話すが、同級生の女の子——まなみが言ったようなことに関しては一言も口にしない。彩乃が正月帰省している間に一度訪ねてきたものの、家族がいたこともあって(特に母が宏基を独占したがって)、逆にあまり話さなかった。見送りに出た時にやっと二人きりになったが、宏基は『受験頑張るから』とだけ言ってさっさと帰ってしまった。
 あまりの平静さ、あっけなさに、やっぱり何かの間違いなんじゃないかという疑問を消し去れない。もしその疑問が正しかったら、無駄に意識した自分が本当にバカだと思ってしまうから……そう思いたくないから、確認することを避けている。
 そしてもうひとつ——宏基を意識し始めたのを自覚したあたりから、どういうわけか、奈央子と柊が必要以上に気になっている。二人が仲良くしている様子を見るのが嬉しいのと同時に、心のどこかで苦い思いを感じている。ほんの少しではあるのだが、彩乃を動揺させるにはそれで充分だった。今まで、一度もそんなふうに感じたことはなかったからだ。
 (だってもうとっくに、諦めてるんだから)
 ——そうであるはずだった。

 1月も終わりに近くなったある日、奈央子は5分前になっても2時限目の教室に現れなかった。
 直前に他の講義がある場合はともかく、そうでなければ、例によって10分前ぐらいには来て席に着いているのが普通な、真面目な親友なのである。まして今日は試験前の最終講義だから、奈央子がサボるとは到底思えなかった。
 おかしいなぁ、と思っているうちにも時間は過ぎて、講義開始2分前になった。その時、入り口から駆け込んでくる奈央子の姿が目に入った。彩乃はすぐに立ち上がり、手招きをする。

| | コメント (0)

(2)【3】-6:変化

 息を切らしながら近づいてきた奈央子のために席を詰めながら、彩乃は聞いた。
 「どうしたの、遅かったじゃない」
 「うん、ちょっと……出がけにゴタゴタして」
 そう答える奈央子の様子は、一見すると平静だったが、
 「ね、何かあったの?」
 具体的にどこがどうとは言えないものの、やけにご機嫌というか、生き生きとしている感じがした。
 「え? 何かって」
 「んー、なんていうか……すごーくいいことがあったみたいに見える」
 「……えっ」
 と、奈央子は妙に動揺した調子で言ったきり、何故だか言葉を続けない。それどころか、黙ったままふいと顔をそらし、うつむいてしまった。
 (……?)
 しばし疑問符が浮かんでいたが、奈央子の頬がすうっと赤く染まるのを見て、彩乃ははっとした。
 自分でもその変化に気づいたらしく、奈央子は頬や口にしきりに手を当て始める。赤くなるのを抑えようとしているようだが、余計に増すだけだった。
 一度その可能性に思い至ると、他にも気づくことがある。かすかに漂ってくるシャンプーらしき匂いとか、左手にはめたままのリングとか——一昨年のクリスマスイブに柊からもらったもので、なくしたら嫌だからと、少なくとも大学に来る時にしてくることはこれまでなかった。
 奈央子と柊の誕生日は2日違いで、昨日はちょうどその間の日だったはずだ。だから去年と同じく、柊の家で一緒に祝うのだと奈央子が言っていた。
 急にこちらまでドキドキしてきた。顔を近づけ、なるべく声を落として彩乃は尋ねる。
 「えっと、ひょっとして……」
 その先はどうも具体的に言いにくい。考えた末に「……やっと?」とだけ口にした。
 それで通じたらしい。奈央子はうつむいたまま上目遣いに彩乃を見て、こくりと頷いた。その途端、一気に耳まで真っ赤になる親友を目にして、
 「——うわぁ」
 思わずそう呟いてしまった。

| | コメント (0)

(2)【3】-7:嫉妬

 付き合い始めて1年ちょっと、見るからに仲の良い二人が、実はキス以上がまだなことを彩乃は知っていた。
 夏休みの旅行の時ですら『なんか、そういう雰囲気にならないんだよね』と奈央子は笑いながら言っていたものだ。その手の話題が出る時はいつもそんなふうで、けれど全然不満そうではなかった。一緒にいるだけで十二分に満足している——というのが聞かなくてもわかる微笑みだったから、彩乃も何も言わずに見守っていたのだ。
 しかしついに昨日は「そういう雰囲気」になったらしい。
 当然、祝福の言葉を口にしようとして……なのに彩乃は今、一言も言えないでいた。
 もう一度、よかったねと言おうと努力するが、どうしても口に出せない。
 心の、ずっと奥底にある思い——ここ何ヶ月かの間に、急に表面へ浮かび上がるようになった苦く重たい気持ち。それが彩乃の言葉を喉で引き止めている。素直に、一緒に喜んであげることを良しとしないでいる。
 その思いが、漠然とだが会話の最初の方——二人の「進展」に気づいたあたりから、今までになく大きくなっていることに、彩乃は気づいていた。
 ……気づいてはいたが、無視しようとしていた。
 かなり沈黙が長かった気がするが、実際はさほど経っていなかった。彩乃が自分の反応に焦り始めた頃、2時限目開始のチャイムが鳴ったからだ。
 「なに、やっぱり、誕生日だから気分が盛り上がっちゃったとか?」
 チャイムの音にかき消されそうな小声で、ようやく尋ねる。
 「そういうわけじゃないけど——でもそうだったのかな……うん」
 顔を赤くしたまま、呟くように答える奈央子は、その照れた様子が非常に可愛らしくて……今まで見てきた中で一番、嬉しくて幸せそうだった。
 「おめでとう、よかったね」
 彩乃はやっとそう言った。かすかに声が震えているのが自分でわかったが、奈央子は気づかなかったようだ。何の疑念もない様子で「ありがとう」と返してくる。
 湧き上がってくる笑みを抑えようとして、けれど抑えきれず口元をほころばせている親友に——彩乃は唐突に、胸の内が灼けるような思いを感じる。
 それが嫉妬だと気づいて、ひどく動揺した。
 (——なんで?)
 どうしてなのかわからない。
 奈央子たちの付き合いがうまくいくことを、誰よりも望んでいたのは彩乃自身だ。だから、そうなったからといって今さらショックに感じることなどないはずなのに。
 どうしてこんな、心が空っぽになったみたいな、何も考えられない心境になっていて……同時に、胸の奥が焦げつくように熱くて苦しいのだろうか。

| | コメント (0)

« 2009年1月25日 - 2009年1月31日 | トップページ | 2009年2月8日 - 2009年2月14日 »