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2009年2月15日 - 2009年2月21日

(2)【4】-1:同日夕方、部室

 宏基がK大を訪ねた日の夕方、まなみは陸上部の部室を訪ねていた。一人で掃除をしていた2年生のマネージャー・戸田美咲が、ドアが開くのに気づいて振り返る。
 「あ、大垣先輩。どうしたんですか?」
 「うん、ちょっと様子見に。来週から自由登校であんまり顔出せなくなるし」
 そう答えると、美咲はしみじみとした口調で、
 「そっかあ、もうすぐ先輩たち卒業なんですね……寂しくなるなあ」
 と言った後、にわかに明るい声でこう続けた。
 「あっでも、後は心配しないでくださいね。私たちがきっちり引っぱっていきますから。松原もそう言ってましたよ」
 「へぇ、あいつが?」
 人の良さが短所でもある現部長だが、ようやく自覚が出てきたらしい。記録がいまひとつ伸びないことを引け目と感じていて、周囲に対して強く出られない面はいまだにあるようだが、元部長の宏基や自分が何度となくハッパをかけ続けた甲斐あって、引き継ぎ当初よりはだいぶマシになったかな、とまなみは思う。
 (まぁ美咲ちゃんもいるし、なんとかなるかな)
 美咲は、幹部生になってからも部室の掃除を1年に任せきりにはせず、時間があればこうやって自主的にやっている。まなみと同じく、心底からマネージャーの仕事が好きな子だから、部内のフォローもちゃんとしていってくれるだろう。
 「ところで、先輩——」
 「ん?」
 ちょっといいですか、と美咲が手招きをする。それに応じて、まなみは部室の奥に置いてあるパイプ椅子に、美咲と隣り合わせで座った。
 「うちの妹がですね……御園先輩に告白したいって言ってるんですけど」
 顔を近づけ、小声で話し始める。美咲の妹・由紀子は同じ高校の1年生で、まなみも何度か顔を合わせたことがある。小柄な子で、姉の美咲と比べるとちょっと気が弱そうな印象を受けた。
 「けどその……例の『噂』があるじゃないですか。1年生はよく知らないみたいだから教えたんだけど、諦められないらしくて……先輩はどう思います?」
 まなみは心の中でため息をついた。この手の相談は各方面から持ちかけられている。当のまなみが宏基を好きだと知らずに聞いてくる人間もいるにはいるが、多くはそうではない。それでもなお聞かれるのは、条件的に現在、宏基の一番身近にいる女子がまなみだという認識をされているからだろう。
 内心の複雑な思いは脇に押しやって、少し考えるふりをしてから答える、
 「そうだねぇ……由紀子ちゃんがどうしてもって言うんならしかたないけど、噂は間違いなく事実だから、やめておいた方が無難かも」
 言いながら、あんまり説得力ない台詞かもな、とも思った。とっくに玉砕しておきながら、いまだにふっ切れていないのはまなみ自身なのだから。
 美咲もそのことを知らないわけではないのだろうが、「やっぱりそうですよね」と頷くだけで、余計なことは言わなかった。

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(2)【4】-2:罪なヤツ

 「じゃあ、由紀子に念を押しときます。ふられるの確実でよければって——結構思いつめてるから、それでもいいって言うかも知れませんけど」
 困ったように笑いながら美咲は言う。まなみも同じように苦笑いを返した。
 「……ほんと罪なヤツだよね、あいつって」
 意識せず呟いた言葉に、美咲が気遣わしげにこちらを見るのがわかった。すみませんと言いかけるのを手で制して、しばらく窓の外を見る。
 今日、宏基が噂の従姉に会いに行っているのを、まなみは知っていた。受験会場の下見という目的はあれど、それは半分以上口実だろう。
 ——最初に卒業アルバムで写真を見た時から、きれいな人だとは思っていた。彼女——彩乃が何歳上でどこの卒業生か、告白時の勢いで宏基から聞き出した後、同じ女子高の同期生が身内にいる友人を探して、頼み込んで見せてもらったのだった。
 しかし相手が自分より美人だからといって、簡単に諦めてしまえるものでもない。高校入学後、陸上部で初めて会った時から、ずっと好きだったのだから。最初はちょっといいなと思う程度だったが、彼のリーダーとしての責任感の強さや、他の部員には煙たがれることもあったまなみの口出しを嫌な顔をせずに聞く辛抱強さに接しているうち、だんだんと気持ちが本物になっていった。
 初めのうちは、当の彼女が言っていたように、宏基の思い込みかも知れないとも考えていた。美人の従姉に対する憧れを、恋心と勘違いしているのではないかと……そうであればいいのにと思った。
 だから、なるべく不自然に見えない部分——部のマネージャー業をそれまで以上に頑張り、リーダー役の宏基への相談を増やすことで、存在のアピールも続けてきた。しかしそうして近くにいることで逆に、彼の従姉への思いが単純な憧れなどではないと否応なくわかってきた。
 1年以上経っても、宏基は誰の告白も受け入れないし、当初無理だと言われていたK大を目指すのもやめはしなかった。そして秋の模試ではついに、合格確実と判定が出るまでになった。……このへんのことは、宏基に告白した女子や部活の同期である篠崎あたりから、水面下で広まっている。
 まなみが告白した時のあれこれも、まなみ自身は同じクラスの友人に話した程度なのだが、翌日には部活の仲間はすでに知っていたし、彼らから周囲に広まるのもそう長くはかからなかった。その前に一応の口止めは頼んだものの、効果はあまり期待しなかった。宏基には噂の種にせずにいられない存在感が必要以上にあるのだ。
 外見だけでも充分に目立つし、陸上は長距離走で常に県大会上位レベル。その上ここ1年は成績上位者にも名前を連ねるようになったのだから、注目が集まらない方がどうかしている。

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(2)【4】-3:可能性

 「……先輩は、その噂の従姉って人に会ったんですよね。どんな人でした?」
 おずおずと、しかし好奇心を隠しきれない様子で美咲が聞いてきた。
 「うん——頭の良さそうな、きれいな人だった」
 10月のあの日、彼女を見つけたのは本当に偶然だった。まなみ自身はK大を受けるつもりはなかった(受験するにも学力不足だと自覚していた)が、宏基のこともありどんな大学だろうとは思っていたから、見るだけのつもりでオープンキャンパスに行ってみた。時刻表の読み違いで早く着きすぎて、正門前のコンビニで時間をつぶしていたら——彼女が店に入ってくるのを目にした。
 向こうは当然まなみを知らないのだが、思わず棚の陰に隠れて、彼女の行動を追った。買い物を済ませて大学に入っていくのを見た時、まなみはその日一日をK大で過ごすことに決めた。彼女とじかに話す機会をつかむために。
 彼女は当日スタッフとして働いていたためいつも誰かと一緒で、一人になったところを捕まえられたのはオープンキャンパス終了後だった。間近で見た彼女は、2年前の写真よりも美人に見えた。交わした言葉は少なかったし、案内・誘導係としての姿しか見ていないけど、2歳しか違わないとは思えないぐらいに落ち着いた人だとも思った。
 この人が相手じゃしょうがない、とさえ思ったほどだったが、だからこそ彼女が、宏基の思いを真面目に受け止めていない言い方をしたのは許せなかった。宏基の真剣さを見てきて、知っているからだ。
 感情が高ぶっていたので、後半は頼むというよりケンカを売っているのに近い口調になってしまった気がするが……ともあれ、言いたいことは言った。
 それ以降、宏基と「噂の従姉」がうまくいったというような話は聞かない。まなみが見る限り、宏基に落ち込んだような様子はなく、むしろ図書室や進路指導室通いを増やして頑張っているようだから、その件では進展も後退もしていないのだろうと考えている。つまり今のところ、はっきり断られたわけではないということだ。
 それならまだ可能性はある。
 『よくそんな、橋渡し役みたいことできるねえ』と同級生の友人(彼女のお姉さんが、件の卒業アルバムの持ち主である)には呆れたように言われたが、まなみは橋渡しをしたつもりはない。二人がうまくいった場合は、結果的にそういうことになるだろうが、ダメな可能性もゼロではないのだから。ともかく従姉本人の気持ちがわからないから、今は何とも言えない。
 まなみはただ、宏基が無駄な期待をして傷つくのを見たくないだけだ。だから彼女にも、はっきりした返事をしてあげてほしいと頼んだ。……宏基に知られれば余計なことだと怒られるかも知れないとは思っている。彼女から聞いているのかいないのか、今まで何も言われてはいないが。
 好きな人には、いつも幸せでいてほしいと思う。
 ——自分にその権利がないのを、今でも悔しいと感じる時はあるのだけど。

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