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第6章・3

 『そういうわけじゃないんだけど……今は』
 嘘にならないようにと思って言いよどんだのを、茉莉ちゃんはどう解釈したのかわからないけれど、ともあれ納得した様子でうなずいた。
 『なんとか、都合つけるようにするわ。何日がいいの?』
 向こうに確認してみると答えて、先生にメールを打った。最後に会った日以来、一度も連絡は取っていなかった。正確に言えば、先生の方からはメールや留守電が何度か入っていた。わたしが返信もかけ直しもしていなかったのだ。
 〈——理子ちゃんに悪いことをしたから、きちんと謝りたい〉
 毎回書かれている、あるいは言っているその一文を、わたしは毎回冷静に受け止め、そして聞き流している。一瞬だけ指先を針で刺すような痛みを感じはするけれど、それだけだ。
 あの時の呼び間違いに気づいたのか、2ヶ月弱の逢瀬自体を指して言っているのかはわからない。でももう、どちらであろうと同じ、謝られる必要も感じないことだった。わたしにとっては。
 だから、返事をしようとも思わなかった。それがよほど気になっていたのだろう、夜遅くだったけれど先生からの返事はすぐに来た。
 明日の夜8時以降なら何時でも、というのをわたしはそのまま茉莉ちゃんに伝えた。ちょっと困っていたようだけど、急用ができたからと早めに抜けさせてもらうようにすると、茉莉ちゃんにしては珍しいことを言った。
 そしてその翌日——クリスマスイブの夜、期せずして会った二人がどんな話をしたのかは知らない。けれど、今度こそ結論を出したのは確かだった。
 次の週末、前触れなく家に来た先生と茉莉ちゃんは、そろって両親に言ったのだ。結婚して、先生の転勤先に二人で行くと。
 私ももちろんその場にいたから、両親の驚きや動揺がどれほどのものだったか知っている。我に返った後、両親が(特に母親が)言葉を尽くして思いとどまらせようとし、それが叶わないとわかると言葉の限りに先生を非難したことも。
 その時ばかりは先生も譲らなかった。茉莉ちゃんに負けず劣らずの意志の固さを見せて、年をまたいでのやり取りの末、ついに両親を押し切り、今後のことを認めさせた。
 つまり、何度か家に来たわけだけれど、わたしはほとんど先生と口をきいていない。話のメインは両親の説得だったし、わたしはお茶を替えたりするのを口実に、意識的にその場に長居はしないようにしていた。

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