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『リスタート』(2)

 翌日の夜。木下を覚えているかと尋ねてみると、奈央子はすぐにうなずいた。
 「確か、あんたと同じサークルだった人よね。昨日会ってたのってその人だったの」
 昨夜居酒屋に入る前に、知り合いと飲むから夕食はいらないと彼女の携帯にメールはしたが(先にかけた電話では留守電になっていたので)、慌てていたので誰なのかまでは書かなかった。今日会ってからも、奈央子は何も聞かなかったので、柊の方から話に出した——あのことを、彼女に報告する義務もあると思ったからだ。
 「でな、その木下から聞いたんだけど」
 夕食の準備に動き回る奈央子がふきんを持って近づいてきたのを機に、いったん深呼吸をしてから切り出した。
 「結婚するんだって、望月が」
 テーブルを拭く奈央子の手が止まった。顔を上げてこちらを見る。少し驚いた表情のまま何度かまばたきした後、
 「いつ?」
 「7月って言ってた。……だから二次会の案内とかがそろそろ来るかも。サークルの同期は呼ぶらしいから」
 「そうなんだ。……よかった」
 言いながら奈央子は微笑んだ。やっと安心したというふうに。それを見て柊も、同じようにほっとした気持ちになる。彼女の性格からして、里佳のことはずっと気にかけていたに違いなかった。付き合うようになった経緯が経緯だけに、ある意味では、里佳が良い相手に出会うのを一番願っていたのは奈央子かも知れない。
 この機会に、一度聞いておくべきかとも思った。
 「——あのさ」
 と言いかけたのだが、「あ」と声に出したと同時に、奈央子が立ち上がって台所の方へ行きかけた。
 途端に気が挫かれてしまった。奈央子は律儀に気づいて振り返り、「なに?」と尋ねてきたのだが、
 「……あー、いや何でもない」
 言葉を出す気力を再度奮い起こすことができず、そう返さざるを得なかった。「そう?」と首をかしげたものの、さらに問うことはせずに台所へと向かう奈央子の背中を見ながら、柊は気づかれないようにため息をついた。
 彼女といわゆる恋人同士になってから、そろそろ5年半が経とうとしている。もともと幼なじみであるから付き合いそのものは四半世紀に近いわけで、だからつい錯覚を起こしてしまうのだが、5年半という時間も決して短くなどないことはわかっている。
 その間に大学を卒業し、自分は会社員に、奈央子は公立高校の英語教師になった。実家のある県ではなくこちらで採用試験を受けたので、彼女は今も学生時代と同じ女性専用マンションに住んでいる。
 しかし実際に帰るのは週に2・3日程度で、残りは柊の家で過ごしている状態だ。

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