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『リスタート』(4)

 付き合う前、奈央子の気持ちを知ったのは彼女の親友経由でだった。それ以後も、本人から直接に好きだと言われたことは、実は一度もない。
 だからといって、彼女の気持ちを疑うわけではないのだが……いつ突然に心変わりされても不思議ではないという思いは、いつの頃からか心の奥底にくすぶっていて、消えずに存在し続けている。
 ——もし、本当にそうなったら。
 自分はどうするだろう。彼女を忘れて、他の誰かを同じぐらいに想うことができるのだろうか。
 奈央子の寝顔を覗きこみ、頬に手を添えた。
 この部屋に奈央子が泊まる時、たいていは今夜のように並んで眠るだけである。それ以上のことになるのは、少なくとも自分たちの間ではかなり稀だ。
 初めてそうなったのも付き合い始めてから1年以上後のことで、それまでの間、二人きりで旅行して同じ部屋に泊まった時にさえ、まるでそういう雰囲気にならなかった。全く考えが及ばなかったわけではないのだが、彼女と一緒にいるだけで十二分に楽しかったので『まあ、いいか』といつの間にか思ってしまっていたのである。
 そして、いまだにその傾向は変わらない。こうして、すぐそばに奈央子の存在を感じているだけで、不思議なほど心が満たされる。たまに衝動があってもほぼキス止まりで、それ以上に関しては、数ヶ月の間が空くことも珍しくない。実際、最近そうなったのは1ヶ月近く前の話だ。
 ……今の状態が、良くも悪くもぬるま湯であるのは気づいている。いいかげんけじめをつけるべき頃合いであるのも。特に、年が明けて以降は——お互いの24歳の誕生日前後からは、ほぼ毎日考えていることだ。今さら木下に指摘されるまでもなく。
 しかし、今のぬるま湯がとても楽で心地よいことも確かだった。どんな形であれ、この状態を変えるには相当の気合いを入れなければならない。それは非常に面倒に感じるし、正直、怖くもあった。あまりにも長く続いてきたから、変化させること自体に少なくない不安を覚えてしまう。
 だが当然、いつまでも避けていられる問題ではない。木下が口にしたようなことが起こる可能性は、決してゼロではないと思っている。奈央子を信じられないのではなく、自分自身が信用しきれないからだ。何があっても彼女をつなぎ止めておけるかと聞かれたら、堂々とそうだと言える自信はなかった。
 そのくせ、いや、だからこそ、奈央子が離れていく可能性を想像するだけで背筋が寒くなる。失いたくないと、切実に思う。
 頬に触れていた手を伸ばすと、彼女の髪がシーツの上に広がっているのがわかる。数年前に一度短く切られた髪は、今では再び、かつてのように腰近くまでの長さになっていた。その髪ごと、柊は奈央子の頭をそっと胸に引き寄せる。
 ——言わなければいけないと、頭ではよくわかっている。失いたくないのならなおさらだ。なのに、口に出せない。自分の臆病さと優柔不断さに、闇の中でまた小さくため息をついた。

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