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『桜、夕立ち、若葉の頃』(10)

 1年半前の奈央子は、言葉にこそしなかったが、柊への想いを断ち切るという考えも持っていただろう。そうでなければ距離を置く必要も、必然性もなかったはずだ。
 そして、距離を置いたことが効を奏さなかったのは明らかで、通う学校が違う以外、二人の関係は何も変わっていない。おそらく今後も、ほぼ確実に変わることはないだろう——奈央子への柊の態度は。
 しかし奈央子にとってそれは、絶対に辛い場合の方が多いのではないのだろうか。柊と「彼女」との関係が続いている間中、奈央子はこんな顔をしょっちゅうしていなければいけないのか。
 それは、すごく理不尽だと思った。
 「……奈央子がいいって言うなら、しょうがないけどさ。ねぇ、だったらこの際もっと前向きになろうよ。クラスの子が時々やってる合コンに行くとか」
 今の今、こういう提案を今することには正直ためらいがある。けれど黙っていたくなかったし、他に言いようがない気がした。
 実際、彼女ができた相手を想い続けるのは、純愛とか言えば聞こえはいいけど、やはり前向きとは言いがたいと彩乃は思う。自分を異性として意識してもらえないと思い定めているのなら、いっそ気持ちを切り替える試みをしていく方が、よほど建設的なのではないだろうか。
 そう思って、あえて言ってはみたものの、当人がこの場でうなずくとは考えなかった。だが予想に反して奈央子は「そうだね」と穏やかに応じた。
 「それか、くーちゃんに頼もうかな。何回か、誰か紹介しようかって言われてるし」
 穏やかな中にほんの少しだけ混じる、苦々しさ。そういうふうに前向きになることが必要だとは思っていても、実行できる自信が持てないのかもしれない。長年の気持ちはちょっとやそっとで変えられるものではないと、繰り返し思い知ってきたからだろう。
 口に出すだけでもずいぶんな進歩だとは思いながら、心の底では、彩乃も同じ心配を感じていた。


 「ほんと!? うわぁ……あ、ともかくおめでとう」
 久しぶりの電話で報告を聞いた直後、彩乃は勢い込んでそう言った。近いうちに決まるだろうとは思っていたものの、当人の口から聞くとやはり安心するし、嬉しい。まさか二重におめでたい展開になるとまでは、予想していなかったけど。
 電話の向こうはしばらく沈黙した後、抑えた声で「……うん」とだけ返してきた。あきらかに、泣くのを懸命にこらえている様子だった。

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