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『桜、夕立ち、若葉の頃』(6)

 親しくなってみると奈央子はとても気さくで、成績や外見の良さを鼻にかけるような、気取ったところはまったく持ち合わせていない。そんな彼女が、普段よりも厳しい物言いをするのは柊に対してだけで、口調まで姉が弟に対するようになる。
 それを指摘したら、奈央子自身は気がついていなかったようで、ちょっと沈黙してから「たぶんお姉さんの影響かな」と言っていた。羽村姉弟と生まれた時から付き合ってきた奈央子にとっては、彼らは影響力の大きな存在であるらしい。
 自分の席で問題を解いている柊を見る奈央子は、まだどこか心配そうな目をしている。出来が悪くて手こずるけどどうしても見捨てられない、と言っているかのようで、そういう様子はやはり姉っぽいなと思った。
 そういった、姉弟的な意識のない彩乃が見ても、羽村柊には放っておけないものを感じる。誰が見てもそうなのか、自分が彼を少し気にしているからなのか——そういうところも含めて好意を感じかけているからなのか、それはわからないが。
 そこまで考えて、ふと、もう一度奈央子を見た。
 なぜかさっきとは目に浮かぶ感情が違うように見えて、もやもやした気持ちになる。数秒の後、その靄が一気に晴れる想像に思い至った。
 「沢辺さん、もしかして」
 「え?」
 呼びかけに、夢から覚めたような表情で振り返る奈央子を見た瞬間、確信してしまった。だが口に出すことにはためらいを覚えた。
 「ごめん、何か言った?」
 今の呼びかけもまともに耳に入っていなかったらしい奈央子は、自分がどんな表情をしていたかも、きっと気づいていない——口元の優しい笑み、初めて目にするようなせつなげな眼差し。本当にかすかな表情だったから、よく見ていなければきっとわからなかった。
 けれど、見てしまったら気づかないわけにはいかない、そういう表情。
 「……瀬尾さん?」
 「ううん、ごめんね。なんでもない。それで、本の話だけど」
 わざと違う話題を振ったのは、確信しても、追及する気になれなかったから。少なくとも今は。
 奈央子は、まず間違いなく、柊が好きだ。幼なじみ、もしくは姉弟のような親愛以上の気持ちで。

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