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『桜、夕立ち、若葉の頃』(8)

 「それで、なんて言ったの」
 「すごい嬉しそうだったから、『そんなに嬉しいんだったら付き合えば?』って言っただけよ。まあ写真見たことあるけど可愛い子だから嬉しいのもわかるし、それに」
 「そうじゃないでしょ、奈央子。なんでそこで言わなかったのよ」
 早口な言葉を彩乃はさえぎる。ぴたりと口を閉ざした奈央子は、しばらく沈黙した後、ようやく目を上げて彩乃を見て、呟くように言う。
 「しょうがないじゃない」
 そして、微笑んだ。けれど彩乃の目には、笑いながら泣いているように見えてしまう。笑みの形を保とうとする口元が、かすかに震えていたから。
 胸を塞がれる心地がして、しばらく黙った。
 それでもなお、二人の行動に納得がいかない感情は強く、結局はその気持ちを口に出す。
 「信じらんない。あんたも羽村もなに考えてんの」
 加減したつもりだったけど、それでもかなり激しい言い方になってしまったのは否めない。奈央子はずいぶんと驚いたように目を丸くして、それから再び笑みを浮かべる。今度は苦笑いだった。
 しょうがないよ、と彼女はもう一度言う。
 「まるっきり気づいてないんだから。ひょっとして程度に思ったことだって、たぶん一回もない。わたしのこと幼なじみ以上に考えてない、いい証拠よ」
 「……そうかも、しれないけど」
 実際、中学の3年間を見てきた彩乃としても、柊の鈍感ぶりは呆れを通り越していっそ感心するほどだと思っている。卒業する頃にはほぼ100パーセントと言えるほど、奈央子が柊を好きなことに周りは気づいていたというのに。
 もっとも奈央子本人も、そこまで広まっていたとは思っていないかもしれない。当人が隠してこそいなかったけど大っぴらにはしたがっていなかったのを察して、いつしかその件については周囲が見守る態勢に入っていたから。彩乃ができる限り口止めをしていたのもいくらかは影響していただろう。
 けれど今となっては、それこそが余計なお世話だったんじゃないかという気がしてならない。逆に、柊が嫌でも気づくぐらいの騒ぎにしてやるべきだった、とまで思う。
 確かに、奴は奈央子のことを女の子として見てはいないのかもしれないが……それは、身近すぎるから考えたことがないだけであって、奈央子の気持ちを知れば、考えてみる可能性もあるのではないか。
 そう言ってみたが、即座に「無理」と返される。

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