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『桜、夕立ち、若葉の頃』(9)

 「あり得ないよ、そんなこと。……きっと困らせるだけにしかなんない。幼なじみですらいられなくなるなら、今のままでわたしはかまわない」
 「奈央子、……ほんとにそれでいいの?」
 「いいの」
 きっぱりとうなずいて、後は口をつぐむ。彩乃も黙って奈央子を見つめ返した。
 ……本当はもっと、いろいろ言いたいのだけど、口には出せなかった。今後気持ちを伝えるつもりは一切ないと、言葉以上に表情で宣言している奈央子を見たら。
 こんなにもどかしく感じたのは、奈央子が高校を公立ではなく、今の女子高にすると言い出した時以来だ。彩乃自身は小学生の頃から、姉の着ていた制服が可愛くて憧れていたから、高校はそこにすると決めていた。けれど奈央子が同じ進路を選ぶとは、それまで一度も思わなかった。成績から考えても進学校で有名な、そしてなにより柊が行くはずの公立に、進むことを疑っていなかったから。
 普段、たいていのことは隠さず話してくれる彼女なのに、あの時は妙に秘密主義で、なかなか理由を説明してくれなかった。やっと聞き出せたのは受験の1ヶ月前。
 『ちょっと、距離を置きたくなったの、あいつと』
 それきり、今と同じように黙ってしまった奈央子に、彩乃はやはり何も言えなかったのである。
 彼女がどれだけ、幼なじみを好きなのか——傍目からは物足りないほど静かに、けれど誰もかなわないほどに長く辛抱強く抱えてきた奈央子の想いを、誰よりも彩乃は知っているつもりだ。だからこそ、あの時も今も……こんなふうに、想い続けることに疲れたようなため息をつく彼女に自分が言える言葉などないと、思わざるを得ない。
 奈央子にこんな表情はさせたくないのに、何もできない自分が悔しい。彼女さえ任せる気になってくれたら、どんな手を使ってでも柊に奈央子の価値を再認識させてやるのに。けれど、奈央子当人がそれを望まないのでは、彩乃のお節介の出番もない。
 特別に好きな気持ちはとっくになくなっているけど、奈央子が想い続けるのはわかると思う程度には柊を認めてもいるのだ——あのすさまじい鈍感さを除けば、だが。彼はけっこう女子に親切だし、珍しいほど正直な奴で、嘘とかごまかしとは縁遠い。
 親友の言い分は尊重したいと思うけど、やはり、納得のいかない気持ちはくすぶってしまう。

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