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『気分転換、もしくは休息の一日』〔2〕

 だが負けるわけにはいかない。そんなふうに思うのは奈央子がいるからだ。彼女はまず間違いなく、来年の採用試験に合格するだろう。だから自分もせめて、新卒で就職しなければならない。でなければ……有り体に言えば、格好がつかないから。
 それに就職浪人などしようものなら、両親はともかく、姉はまた持ち前の毒舌で存分に攻撃してくるだろう。それだけは回避したい、と切実に思う。
 「そう? ちょっとずつでもやっといた方がいいわよ。さてと、20分の遅刻だから、今日はおごってあげるつもりだったけど2割払ってね」
 「あ、おれが全部出すから」
 予定通りに起きていれば事故に行き合わず、遅刻もしなかったのだから当然だ。だが奈央子は笑い、顔の目で手を振った。
 「いいって。バイト、就活で前ほど行けてないんでしょ。こないだ行った時の10%引き券もあるし……あ」
 しまった、というふうに口を押さえる奈央子に、柊は意外な思いで「え、行ったことあんの」と尋ねた。今日行く店は『おいしい店だとこないだ友達に教えてもらった』と聞いていたのである。
 上目遣いにこちらを見た奈央子は、何やらばつが悪そうな表情をしている。しばらくの沈黙の後「実はね」と、ためらいがちに口を開いた。
 「先週行ったの。くーちゃんと」
 奈央子だけが呼ぶ姉・公美の愛称に、反射的に顔をしかめてしまった。
 「先週わたし、実家帰ったでしょ。家に戻る時にここで、くーちゃんが職場の人と飲み会行くとこに行き会わせて、そしたら就活の激励したげるって誘われて。わたしは、あんたも呼ぼうかなって電話しかけたんだけど、……『時間もったいないから』ってくーちゃんに携帯取られちゃって、そのまま引きずられてっちゃったから……嘘ついてごめん」
 小声で謝る奈央子を責める気は、柊にはかけらもなかった。彼女が、自分を気遣って隠していたのは察しがつくから。
 公美の、奈央子に対する猫可愛がりようと、柊への冷遇ぶりは子供の頃から変わっていない。相変わらずの姉の態度に納得しつつも、どうしてもいまだに気分の重さを感じてしまう――自分のそういう、トラウマ的な条件反射というか気持ちの弱さを奈央子もわかっているから、言わずにいたのだろう。
 今も彼女は、1ヶ所でやや言葉を濁した。公美が実際にはどんなふうに言ったのかは、容易に想像がつく。姉への反発心と、自分の情けなさへの憤りのような感情が、同時に湧きあがった。
 「やっぱ、今日の分おれが払うから」
 奈央子は表情を複雑そうにゆがめた。そんなふうに言うだろうと思っていた、と言いたげに。
 「じゃ、割り勘にしようよ。10%安くなるっていっても一人4千円近くするんだし、ね」
 奈央子のなだめるような提案にも、柊はきっぱり首を振る。意地になっている自覚はあったが、今は引きさがれない気持ちでいっぱいだった。

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