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『気分転換、もしくは休息の一日』〔3〕

 ——向かいの席で、柊が爆睡している。
 オーダーバイキングのディナーを食べた中華料理店を出て、しばらく歩いてから入ったカフェ。席に着くなり『悪い、ちょっと寝かして』と言ってテーブルに突っ伏してしまったのだった。
 それから30分近く経過したが、彼が起きる気配はない。……相当寝不足なんだな、と用語集を閉じながら奈央子は思った。
 夏からこちら、企業説明会や就職セミナーと、少しでも暇があれば就職活動にいそしんでいる。卒業論文の準備も、厳しいと評判の担当教授の元でずいぶん真面目にやっているようだ。休日は休日で、バイトを集中的に入れているからたぶんあまり休んでいない。疲れているのは当然だった。
 元来かなりマイペースな柊がそこまで気合いを入れているのは、きっちり4年で卒業、なおかつ新卒で就職するために他ならない。卒論はともかく就職に関しては、いまだ厳しい不況を早くも実感させられているからでもあるだろうが、意地もだいぶあるのだろうと感じていた。言うまでもなく、姉の公美に対しての。
 去年、大手の法律事務所に就職した彼女は、来年には正式に弁護士になると聞いている。自分もせめて新卒で就職を果たさなければ格好がつかない——というよりは、何を言われるかわからないと危惧しているに違いない。
 奈央子の目から見ても、公美の弟への態度や言葉が、相当に手厳しいのは確かだ。
 ……先週会った時にも、柊に連絡しようとした奈央子に対し、実際には『あんなのはどうでもいいから』と言った。ストレートに伝えると彼は確実に落ち込んでしまうから違う言い方をしたが、本当はどう言われたか察していたかもしれない。
 彼女なりに真面目に心配するからこその極端な言動なのだと、奈央子にはわかっている。だが、年中「あんなの」呼ばわりされる当人からすれば、素直にそうは思えないだろう。だから、柊が意地になるのもある程度はうなずける。
 ——けど、わたしに対してまでそんなふうに思う必要なんかないのに。
 柊が自分に対し、引け目とも言うべきコンプレックスを持っているらしいことには、今の形で付き合い始めてから気づいた。
 子供の頃から、公美を初めとして身内には事あるごとに比べられていたから、そういう傾向があるのは認識していた。だが、奈央子が思うよりずっと、彼にとっては根の深い問題であったらしい。
 是が非でも新卒で就職しようと頑張るのはいいけど、その動機が公美や自分への意地から起こっているというのは、何か違う気がしてしまう。
 そもそも、彼は自身を過小評価しすぎている。
 点数では全体的に奈央子の方が上まわっていたとはいえ、成績は充分に優秀と言えるレベルだった。気を抜かず普通に頑張れば、問題なく就職できるはずだ。柊が人に与える、明るくて人好きのする印象は、成績以上に就活の助けになると思う。
 ……しいて言うなら素直すぎるから、多少は場に応じた発言をする練習をした方がいいかもしれないが。
 それはそれとして、奈央子が一番好きなのは、彼のそういう性質なのだ。誰も真似できない、裏表がかけらもないまっすぐさ。たとえ、そのせいで社会に出て損する事態に陥ったとしても、柊が変わらない限り、絶対に見捨てたりはしない。
 奈央子自身はそう思っているのに、彼には、口にはしないけれど確かに抱えている引け目が、今でもあるのだ。
 ……だから、もしかして遠慮しているのかもしれないと、1時間ほど前のことを奈央子は思い返す。

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