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『気分転換、もしくは休息の一日』〔4〕

 中華料理店を出た時、店の前の通りは思わず目を見張るほどの混雑だった。土曜日の夜で、市内一の繁華街という条件がそろえば無理もない。
 手前の人の流れは駅とは逆方向で、その向こうが駅へ向かう人波だった。流れの隙間を目を凝らして探していたら、先に見つけたらしい柊に強く腕を引かれた。やや引きずられるように流れを横切り、駅方向への人波に混じり——いつの間にか抱き寄せられていた肩が、いくらか混雑がましになってきたあたりでもそのままであることに気づいて慌てた。
 『……ねえ、もう大丈夫だから』と言いながらはずそうとした手は、さらに強く肩を引き寄せた。さすがに奈央子が文句を言おうとした時、
 『いいじゃん、たまには』
 妙に熱っぽく耳元でささやかれて、その瞬間、抵抗できなくなってしまった。結局、カフェに着くまでされるままになっていたのだったが  
 テーブルに両肘を置く体勢で、柊の顔をのぞき込む。ほんの少し斜めになっている横顔は、目を閉じているといつも以上に童顔に見える。当人は嫌がるだろうが、こうしていると子供の頃とあまり変わらない。……けれど、彼はもう子供じゃなくて、あと2ヶ月で21歳の成人だ。
 自分たちが、直接的な触れ合いに関しては、一般のカップルよりかなり頻度が低いだろうという自覚はある。淡白というよりは、そういう気になることが少ないというのが本当だ。二人きりでいてもキスさえあまりしょっちゅうはしない。
 ましてや、それ以上のことは——初めてそうなったのだって今年の初め、交際1年が過ぎてからで、その後は今に至るまで、1度しかしていない。
 そんな調子だから、人前ではいまだに、手をつなぐこともめったにないのが普通だった。
 自分からは照れくさいからしないし、柊からも普段はあまり触れてくることはない。ましてや、先ほどみたいに強引とも言える行動はまず取らない。
 世間並ではなくても、自分たちはそんなふうでいいと思っていた。一緒にいるだけで充分、満たされた気持ちになれるから。
 だが、そう思っているのは実は自分だけで、もしかしたら柊には我慢を強いていたのではないだろうか? 彼だって男なのだから、そういう欲求が世間並にあったっておかしくはない。けれど、奈央子があまりそういうことを求めていないのを感じ取っているから、抑えているのではないか——もしそうだとしたら。
 これまで、頭に浮かぶ時はあってもさほど深く考えはしなかったことを、初めて真剣に悩んでいた。
 20年以上身近にいても、わからないことはなくならないものだなと時々思う。しかし、本当に彼が自分に遠慮しているのだとしたら、少し寂しい。そういうふうに思わせてしまっていることが辛い。
 ひどく申し訳ない気持ちが湧いてきて、柊の頭にそっと手を添える。
 いかにも恋人同士といった感じでべたべたするのは恥ずかしい。けれど、たまになら……今日ぐらいのことなら、してもいいのに。
 軽く髪をひと撫でした途端、彼のまぶたが開く。奈央子は仰天して手を離した。何度肩を揺すっても頬をつついても起きなかったくせに、なぜこのタイミングで目を覚ますのか。慌てて椅子に座り直し、平静を装うため深呼吸した。

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