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「窓の向こう」(2)

 仲良くなった同じクラスの、彼と中学も同じだった子たちに尋ねてみると、いろんな話が出てきた。何かの理由でお父さんに反抗しているとか、将来は絵の道に進むと約束している代わりに部活では違うことをやらせてもらっているとか。でも結局は誰も、本当の理由や事情は知らないみたいだった。彼は自分からは家のことを話さないし、聞かれても詳しくは答えない。
 目立たないと思ったのは見当違いだったけど、おとなしい、というより静かな人であるのは確かだ。
 彼はテニス部でも頭角を表して、1年のうちに公式試合の選手に選ばれた。そのことや絵の話が広まると、彼は周りに注目される存在になった。近づこうとする人の中には当然、女の子も少なからずいたけど、当人はいつもあまり気に留めていないふうで、その様子をずっと保っていた。
 だから、好奇心で近づいた人の多くはそのうち気がそがれてしまい、徐々に彼は、クラスで浮くというほどではないものの、基本的に一人でいることが普通になった。それでも、常に数人からは注目されている、そういう状態が定着した。
 騒がれている間も表面的には収まった後も、彼は自分の態度をまるで変えなかった。少なくともわたしが見ていた限りではそうだったから、すごいなあと感心した。あんな、にわかアイドル状態になったら、調子に乗るか偏屈になるか、どっちかに偏りそうなものなのに。彼はそのどちらでもなくて、できるだけ角が立たない対応をしながら、核心を突いた質問はかわして済ませるということをやってのけていた。同年代の男子とは思えないぐらいだった。
 クラス替えまでの1年間、たぶん他の人たちと同様に、彼とはほとんど話したことはない。
 その分というか代わりにというか、目が合うことは時々あった。もっともそれは、教室でよりは美術室の窓越しでのことが多い話だけど。
 硬式テニス部がランニングで校舎の周りを走ると知ってからは、よく窓の外を見ていた。部活が始まる時間はだいたい決まっているけど、最中でも自主練習なのか、走っている人は時々いる。その中にはよく彼の姿があったし、朝練前のずいぶん早い時間に走っていることもあった。
 なぜわたしが知っているかというと、その時間に美術室にいたことがあったのだ。課題の締切が近くて、部活の時間内では描けそうになかったから、こっそりと。カーテンを閉めた窓の向こうを通った人影に驚いて、そっと見てみたら、ジャージ姿の彼が校舎の角を曲がるところだった。
 普通より充分上手くできるのに、手抜きしないどころか、人よりも多く努力している。そういう彼はいつしか、わたしにとって見本であり目標で、少しでも近づきたいと思う人になっていた。
 そしてランニングの時間帯には、わたしはよく窓の向こうをスケッチしている。描き上げたことは、まだ一度もない。入部当時の下手さ加減は致命的と言われたほどだったから、1年目のほとんどはひたすら基礎練習、デッサンに費していた。
 さらに、2ヶ月ごとに出す部員ごとの課題もあったから、放課後の部活の2時間は今でも、わたしにとっては短すぎるぐらいだ。それでも隙を見ては、休憩のふりをしたりしながら、窓の向こうを少しずつ描き続けた。見慣れた建物、フェンス、グラウンド。それらを背景に毎日同じスピードで走り過ぎていく、彼を。
 1年は経つのにまだスケッチである理由は、時間の短さや画力不足ももちろんある。けれど一番大きな理由は、いくら描いてみても納得がいかなくて、そのたび一から描き直しているせいだ。
 ……彼に近づきたい気持ちが恋心だと自覚したのは、何度目のやり直しの時だっただろう。
 ひょっとしたら、彼を描き直したいと思った時にはもう、好きだったのかも知れない——たぶんあの授業での、彼の表情を見た時から。

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