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2010年1月3日 - 2010年1月9日

第5章・4

 クリスマス直前の日曜、その日も先生と会う約束をしていた。茉莉ちゃんが上司の出張に同行して、週末はいないことを知っていたから。
 当日はさすがに二人で会うだろうけど、それより先に、わたしが一緒にクリスマスを過ごせるのだと思うと、みっともないぐらい心が浮き足立った。
 昼間から会うことも初めてだったから、勢いで、普段は適当な化粧を念入りにした。服も、持っている中で一番大人っぽいものを選んでみた。大学の帰りに会うのがほとんどで、カジュアルな服装しか先生に見せたことがないから、ちょっとびっくりさせたかったのだ。
 そうして、今までになく気合いを入れて装ってみた鏡の中のわたしは、自分で言うのも何だけど、普段の5割増しは綺麗に見えた。努力の結果に満足して、笑みがこみ上げてくる。
 今のわたしなら茉莉ちゃんにも引けを取らない、そんな自信まで持てそうなほどだ。
 意気揚々と、わたしは家を飛び出した。「行ってきまーす」と言った時に両親が妙な目をして見ていたけど、気にならなかった。
 いつもの待ち合わせ場所、ターミナルの駅前広場は、いつも以上に人口密度が高い。誰かを待つ人や行き交う人の波の中、自分の約束の相手がどこにいるのか探すのは少々骨が折れる。しばらく見回してようやく、斜め左方向にあるベンチの横に立つ先生を見つけた。
 わたしの呼びかけに振り向いた先生は、こちらを見るなり、目を大きく見開いた。近づいてからもなお、まじまじとわたしの顔を見ている。
 「……顔に何かついてる?」
 「え、……いや違うよ、ちょっとびっくりして。綺麗で、見違えた」
 夢から覚め切っていないような、少しぼんやりした口調で言われた言葉に、わたしは舞い上がった。先生にそう言ってもらえただけで、今日の自分が誰よりも美人でいる、そんな気分になれる。
 「ほんとに? ありがとう。祐太さん」
 とびきりの笑顔でそう言うと、先生はまた目を見張った。けれど今度はすぐに、同じように笑いながらうなずいてくれた。
 特別な季節だから、今日ぐらいは「先生」でなく名前で呼んでみたい。先生——祐太さんもきっと、それを望んでいるに違いないから。そう思った。
 その日の祐太さんがいつになく機嫌が良くて楽しそうだったのを、わたしはずっと後まで忘れられないことになる。

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第5章・5

 駅からほど近いシネマコンプレックスは、外まで列が延びるほどに混んでいた。多くはたぶん、一昨日から公開の映画を目当てに来た人たちだろう。
 確実に混んでいるとわかっていて、それを観に行くことを選んだ。人が多い方が、二人でいても逆に目立たないと思ったから。
 けれど、気にする必要はなかったかも知れない。そう思うぐらいに、誰も周りを気にしていないように見えた。列に並ぶ人々のほとんどは、見るからにカップルらしい二人連れ。当然と言えば当然で、ベストセラーになった恋愛小説原作の映画を今日観に来るのは、十中八九、恋人同士に違いないだろう。
 ……その日は、本当に付き合っているのだと錯覚するぐらいに楽しかった。人混みがすごいのをいいことに腕を組んでも、しがみついて顔をすり寄せても、祐太さんは一度も苦い表情や辛そうな目を見せなかった。それどころか、客席の階段を下りる時には、自分から手をつないでくれさえした。
 後から考えれば、全てのことをもっと変だと思うべきだったのだ。何の理由もなく祐太さんが、そんなふうに振舞えるわけがなかったのだから。けれどその時のわたしは、ただ嬉しくて楽しくて、冷静に考えるための落ち着きを、家に置き忘れてきたかのようにはしゃいでいた。
 映画を観て、食事をして、腕を組んで街を歩く。そんな恋人同士の普通のデートを、祐太さんを相手に何度も、繰り返し夢見てきた。真実でないとわかっていてそれでも、かりそめの幸せに溺れていた。
 ……でも、夢はいつかは覚める。だからこそ、夢見ているうちが幸せなのだ。
 それを思い知らされたのは、他ならぬ祐太さんによって。5時間ちょっとで夢は覚めた。

 クリスマスが近いから今日プレゼント買おうか、と言われた瞬間のわたしは、間違いなく世界で一番幸せだったと思う。本当に、みっともないほどに浮かれて、嬉しさが抑えられなかった。
 「何がいい?」
 「え、どうしよう」
 と、少しの間迷うそぶりをしてみたけど、本当はなんでもよかった。だから結局は素直に「祐太さんが選んでくれたものでいい」と答え——ようとした時、ある店が目に入った。
 確か今年の春、日本に初出店したアメリカのジュエリーショップで、ひと頃はしょっちゅうニュースで取り上げられていた。高いものはかなりの値段だけど、数万円単位の商品もあるんじゃないかと思う。ちょっと前に大学の友達が、彼氏にもらったと話していたはずだから。

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