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2010年3月21日 - 2010年3月27日

『リスタート』(6)

 不審に思ったものの、どうしたのかとその場で口に出すことはできなかった。調理に取りかかる奈央子の後ろ姿を見つめながらしばらく考えるが、やがてあきらめてキッチンを出る。
 奥の部屋で着替え、テレビをつけたが、もちろん番組を観たいわけではない。静かな——正確には奈央子が料理をしている音だけが聞こえる中で、考え事をしたくなかった。内容が彼女に関する、かつ、できれば思い浮かべたくもないことであったから。
 だが完全に振り払うことはできず、「お待たせ」と奈央子が呼んだ時、一度目はその声で我に返り、考えに没頭していたと気づいたほどだった。二度目で慌てて振り返り、不安を押し隠しつつキッチン、正確にはダイニングキッチンへ向かう。
 テーブルには、オムレツと野菜サラダ、わかめときのこの和え物などが並べられていた。それが一人分なのに首を傾げつつもとりあえず食べ始めたが、気になっていまひとつ味がわからない。
 調理器具を洗い終えた奈央子が、お茶を入れた湯呑みしか手にせず席に着いた時、柊は箸を置いた。ごくたまに「ダイエット中」と言う時でも、奈央子が食事を抜くことは皆無である。世の一部の女性のような無茶は、彼女は絶対にしない。
 「腹減ってないのか?」
 「え、……うん、ちょっと食欲なくて」
 そう答える奈央子は、口調こそいくぶん普段通りに戻っていたが、顔色は相変わらず良くない。柊が今考えていることは別問題として、今日の彼女は体調自体良くないのではないだろうか。ひどくだるそうな様子でもあるから、風邪の引き始めかも知れないと思った。熱があるようには見えなかったが、念のため確かめてみようと、なにげなく手を伸ばす。
 次の瞬間、額に差し伸べられたその手を、奈央子は避けた。体を後ろに引き、そのまま勢いで立ち上がったために、椅子の音がやけに大きく響く。
 お互いの顔を見つめ合ったまま、沈黙した。戸惑いと気まずさを含んだ間がしばらく続く。
 「————あ」
 先に沈黙を破ったのは奈央子だったが、自分のとった行動にまだ呆然としているらしく、再び口を閉ざす。速いまばたきを繰り返し、そして突然に目をそらした。
 「…………ごめん、調子悪いからもう帰るね。後はそれだけだから自分で片付けといて」
 それ、で柊の前の食器を指差し、奈央子は慌ただしく——見ようによっては逃げるかのように、部屋を出ていった。柊も呆然としていて、呼び止めるだけの余裕がなかった。
 ——恐れていた可能性がついに現実になったのではないか、とその時の柊は考えた。それ以外に、あれほど奈央子の様子がおかしい理由を思いつけなかった。

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